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美味しさの番人 〜コーヒー鑑定士〜

[カテゴリ]
加工・品質管理
[著者]
香月 麻里
[掲載年月]
「月刊 珈琲人」 2001年10月号
秋の深まりと共にコーヒーの美味しさがより一層増してくる季節を迎えました。 今回は、コーヒーの味や香りをききわけ、コーヒーの審査技術を持つ「コーヒー鑑定士」の世界を 取り上げます。各コーヒー生産国は、独自のコーヒー品質検査に関する鑑定システムをもっていますが、 そのなかでも世界最大のコーヒー生産国であるブラジルのコーヒー鑑定の大きな流れを追ってみましょう。
■ コーヒー鑑定士とは
ブラジルでは、コーヒー鑑定士のことを“クラシフィカドール(ポルトガル語で「コーヒー鑑定士」の意)”と呼んでいます。コーヒー鑑定士は、生豆の粒の大きさ、その均質性、また、欠点豆の混入率といった外見上の品質判定をはじめ、カップテストによる味覚判定を行い、コーヒーの取引上における商品価値を決定する鍵を握る大きな役割と権限をもっています。そのため、視覚、嗅覚、味覚、触覚といった官能における正確な判断が必須となり、更にコーヒー豆の買付け、販売、輸出、輸入、品質管理を行うので、相場感覚や語学力なども求められることになります。
■ 目で見る作業
“スクリーン”と呼ばれる“ふるい”を使って コーヒー生豆のサイズをチェック
鑑定作業を大きく分けると、視覚や触覚を基本とした目や手を使った“識別作業”と味覚や嗅覚を使った“判断作業”との2つのグループに分けることができます。

生豆を専門に扱う業者から、商品見本のコーヒー生豆いわゆる“サンプル豆”が、鑑定士のもとへ届けられると、最初に「スクリーン」と呼ばれる篩(ふるい)を使って、粒の 大きさが希望のサイズに揃っているかを調べる作業から始めてゆきます。

次に、粒の大きさが基準を達していると判断されたサンプル豆300g中に含まれる虫喰豆・未成熟豆・発酵豆や極小さな石などの欠点の数をカウントし、規定内の数値であるかを調べます。この際、全角度から一粒一粒を指先で転がしながらチェックし、欠点豆を数えるのですが、この数値はどのコーヒー鑑定士がカウントしても同じ数値にならなければなりません。

このように生豆の形状や色あいといった目でみる判断をまず行ったのち、規定の品質をクリアしたサンプル豆で、嗅覚や味覚をフル稼動させてカップテストなどの鑑定作業に移ってゆきます。
■ カップテスト
UCCサントス事務所でのカップテストの様子
“魅力的な味わい”や“欠点となりうる味”といった「コーヒー豆の持つ個性」を感知しやすくするために浅く焙煎をした後、粉にしたコーヒーを耐熱グラスに入れます。そこへ熱湯を注ぎ、沸き立つ湯気から微かに匂う欠点臭を嗅ぎわけます。そして数回スプーンでかき混ぜ、粉が沈んでから鑑定用スプーンでコーヒー液をすくい取り、口へ運んで一気に霧状に吸い込み必ず吐き出します。この時、コーヒー液の舌触りをはじめ、異味、異臭がしないかといったことを瞬時にチェックしてゆくのです。

例えば、赤く熟しきる前に収穫された豆特有の青臭い野菜汁のような味、また土っぽい味など、欠点となる味を感じ取った場合、そのサンプル豆は買い付けません。また品質の安定したコーヒーの場合、10カップ並べれば全カップ同一の香りと味を維持し、決して香りや味のブレは生じないことになります。こういった紙一重の味の違いを判断するその技術は、まさに熟練の技、人間測定器と言えるでしょう。
■ そして、日本へ
鑑定士はサンプル豆の鑑定結果によって買付けを決めたコーヒー生豆に対して、後日、船積み直前に再度鑑定を行い、買付けを約束した時と同じ品質のコーヒー生豆であることを徹底的にチェックします。鑑定士が相異ないことを見極めると、コーヒー生豆はそこでようやく船積みを許可され晴れて日本へと出荷して行きます。
日本に輸入されたコーヒー生豆は、例え同じ産地のものであっても、その年の天候などによって作柄は大きく変化するため、その都度、焙煎や配合の割合を微妙に調整する必要が生じてきます。こういった農産物ゆえのバラツキを均一に保つ品質管理に携わることも鑑定士の大きな仕事です。ひと言でコーヒー鑑定士といっても、生産国での役割、消費国での役割など、専門分野は多岐にわたっています。
■ 鑑定士に求められる能力
コーヒー鑑定士は、香りに対する意識や関心の高さ、そして、感じ取った香りと味を瞬時に言葉に置き換え、記憶する能力が重要視されます。嗅覚や味覚が先天的に優れていることより、こういった能力は学習効果によって高められるものと考えられているようですが、熟練の技術を要する仕事であることは間違いなく、その道は平坦でないことは確かです。

ブラジル・サンパウロ州サントス市にある鑑定士学校では、不定期ながらも近年はほぼ毎年学校が開校され、コーヒーの世界に身を置いた経験をもつ人々が推薦状を手に入学してきます。入学の必要条件として、口の中に病気がないこと、つまり“虫歯がないこと”も重要な条件になります。コーヒー鑑定の場合、不特定多数の人々が同じカップのコーヒー液を口に含むという衛生上の問題も考慮して、口腔内の健康を重視します。また、虫歯治療期間中はカップテストができなくなるため虫歯予防に徹する必要があるのです。
■ 鑑定士は泣きません
私は、UCCコーヒー博物館でお客様にコーヒーの世界をご紹介する仕事に就いていますが、コーヒーの鑑定作業には直接携わってはおりません。しかし、鑑定士になるための勉強をはじめてから、私の生活は随分と色合いが変化しました。食事について言えば、翌朝まで舌に残るような玉ねぎやニンニクといったものをほとんど口にすることはなくなり、整髪料などの強い香りを放つものも極力控えるようになりました。喫煙や飲酒は言うまでもありません。こういった我慢は意外とラクなものですが、映画館の暗がりの中、泣きたいシーンに涙できないこの辛さはどうにかならないものかと心ジタバタ・・・、泣けば鼻の粘膜が疲労をおこすため、香りを感知する能力は確実に低下するので、号泣するような映画鑑賞は程ほどにしなくてはならないのです。日々厳しく、コーヒーの品質を見極め、管理する現場に立つコーヒー鑑定士たちは、まさに「美味しいコーヒーと出会うための強い探究心」と「美味しいコーヒーを届けたいという熱い情熱」を軸に生活のリズムを築いています。

ブラジル・サントス コーヒー取引所内での コーヒー鑑定の様子(1930年頃)
昭和4年(1929年)に外務省通商局が発行した資料によると、『ブラジルにおける公認珈琲鑑定人となるには、長年に渡る熟練を要し職業技能の秀でた味覚、嗅覚を持ち、職務に従事する以上、香りの無い整髪料を用い、日常は刺激の強い飲食と喫煙を避けること』とコーヒー鑑定士に関する記述が掲載されています。今も昔もコーヒー鑑定士に求められるものはほとんど変わりがないようです。

私は、1998年にブラジル・サントスのコーヒー鑑定士学校を卒業し、コーヒー鑑定士として鑑定用のスプーンを持つことを許されました。以来、一人でも多くの方に鑑定用スプーンを触ってもらい、コーヒーの奥深い世界を知ってもらえるように、またいつでもどこでもコーヒーのテイスティングが出来るように、このスプーンを肌身離さず持ち歩いています。
一本のスプーンの計り知れない重さが身にしみることもありますが、この重さの分だけ更にコーヒーのことを好きになった気がします。

“セニョリータ・マリ・カツキ”と刻まれた著者の鑑定用スプーン

参考資料:
◆「味と香りの話」栗原堅三著 岩波新書
◆「伯国経済事情ト在伯邦人状態ノ経済的観察」外務省通商局発行

参考写真:
◆ブラジル・サンパウロ在住内田克明様 寄贈
伯国サントス俣野康之翻訳「サントス市場珈琲取引ノ実際」

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