学術発表

コーヒーシルバースキン抽出物のヒアルロニダーゼ阻害活性について報告

第57回日本食品科学工学会、Bioscience, Biotechnology and Biochemistryにて発表

UCC 上島珈琲株式会社は、シルバースキンの熱水抽出物のヒアルロン酸分解酵素阻害効果について研究しました。この研究成果を第57回日本食品科学工学会(2010年9月2日/東京農業大学)にて発表し、Bioscience,Biotechnology and Biochemistryにも掲載しております。

発表年月日(学会発表)2010.09.02 (論文)2011.03.15
英文標題Inhibitory Effect of a Hot Water Extract of Coffee “Silverskin” on Hyaluronidase
和文標題コーヒーシルバースキン抽出物のヒアルロニダーゼ阻害活性
著者名古澤実菜、成田優作、岩井和也、福永泰司、中桐理(UCC上島珈琲)
資料名(学会発表)日本食品科学工学会第57回大会講演集、p119 (論文)Bioscience, Biotechnology and Biochemistry,75(6),1205-1207(2011)
抄録▼目的
コーヒーシルバースキン(CS)はコーヒー豆を包む薄皮のことである。コーヒー豆を精製または焙煎する際に豆から剥がれ、大部分は廃棄物として処理されている。CSの一部は家畜飼料や堆肥として処理されているが、機能性素材としての利用法は確立されていない。そこで我々はCSの機能性素材としての可能性を追求するため、下記の通り検討を行った。
▼方法
CSの抽出物は、自社工場でコーヒー豆を焙煎するときに発生したものを用いて調製した。CS乾物に水を加え121℃で20分間加温抽出を行なった。得られた抽出上清は殺菌処理後、スプレードライすることで乾燥粉末(CS熱水抽出物)を得た。各サンプルのヒアルロニダーゼ阻害活性はMorgan-Elson法を応用した方法に準じて測定した。
▼結果
CS熱水抽出物およびCS酵素処理物は濃度依存的にヒアルロニダーゼ活性を阻害した。特に各高分子画分に強いヒアルロニダーゼ阻害活性が見られた。そこで、CS熱水抽出物をより細かくエタノール分画し、分子量の異なる画分を得た。ヒアルロニダーゼ阻害活性を測定した結果、分子量の大きい画分ほど阻害活性が強い傾向にあることが分かった。最も強い阻害活性を示した画分のIC50は75μg/mlであり、その強さは既知物質であるクロモグリク酸ナトリウムよりも強力であった。今後もCSの機能性素材としての可能性を広げるべく検証を行っていく。

研究の背景、目的

シルバースキンとは

市販されているコーヒー豆は、もともとコーヒーチェリーと呼ばれる赤い果実の中にある種子を焙煎することで製造されます。コーヒーチェリーの構造はこのように、外側から外皮、果肉、パーチメントが存在し、コーヒーシルバースキンは種子のすぐ外側に存在する薄皮のことを言います。
果実を収穫後、外皮、果肉、パーチメントは精製によって取り除かれ、生豆として輸出されます。この生豆を工場で焙煎する際に、コーヒー豆が膨張するにつれて薄皮が剥がれ落ちて回収されます。これがシルバースキンです。
シルバースキンは焙煎工場でコーヒー豆の副産物として大量に生じます。再利用方法としては家畜飼料や、堆肥に利用する等々の方法がありますが、さらに高度な活用方法を開発することを目的に、シルバースキン抽出物を作成し機能性評価および成分分析を行いました。

図1. コーヒーの製造工程とシルバースキン

ヒアルロン酸

ヒアルロン酸は生体内組織では、細胞の周りや細胞と細胞の間に存在しています。ヒアルロン酸は、関節にかかる負荷を和らげるクッションの役割を果たしたり、皮膚の水分を維持して健康な肌を維持したり、栄養や老廃物の運搬に関与したりしています。
生体内のヒアルロン酸量は加齢とともに減少していきます。ヒアルロン酸が減少すると関節炎、シワ形成、感染症予防力の低下、アトピー性皮膚炎の悪化等様々な症状が表れます。

ヒアルロニダーゼ

ヒアルロニダーゼはヒアルロン酸を分解する酵素で生体内に広く存在しています。ヒアルロニダーゼは炎症時に活性化され、組織の構造を破壊し、炎症を進めさせるとも考えられています。また、花粉症、アレルギー性鼻炎をはじめとするⅠ型アレルギーでは、花粉などの抗原(アレルゲン)に対する抗体が組織中のマスト細胞(肥満細胞)の表面に結合すると、ヒスタミンなどの化学伝達物質が放出されます。ヒアルロニダーゼはこのヒスタミンの放出にも関与していると考えられています。

図2. ヒアルロン酸とヒアルロニダーゼ

研究概要

(1)シルバースキン熱水抽出物

コーヒー豆に含まれているシルバースキンの機能性を明らかにするため、まずシルバースキン熱水抽出物を調製しました。シルバースキン(UCCの焙煎工場で排出されたもの)に対して水を加え、121度で20分間熱水抽出を行いました。抽出液を濾過し、濃縮、殺菌後、スプレードライで粉末化させ、これをシルバースキン熱水抽出物としました(収率16.8%)。成分を分析してみるとシルバースキン熱水抽出物は脂質が少なく、炭水化物、食物繊維が豊富であることが分かりました。このシルバースキン熱水抽出物は様々な機能性を有すると考えられますが、今回はヒアルロン酸分解酵素の阻害活性について調べました。

(2)シルバースキン熱水抽出物のヒアルロニダーゼ阻害活性

シルバースキン抽出物は、ヒアルロニダーゼに対して濃度依存的に酵素活性を阻害する効果を示しました。
次に、関与成分の絞込みを目的に、シルバースキン熱水抽出物を更に細かく分画しました。20%から80%まで段階的にエタノールを添加すると各濃度で沈殿が得られたことから、この沈殿を被験物質としてそれぞれヒアルロニダーゼ阻害活性を測定したところ、20%エタノールで沈殿した画分が最も強い阻害活性を示しました。

図3. シルバースキン熱水抽出物のヒアルロニダーゼ阻害効果
図4. シルバースキン熱水抽出物の分画/図5. エタノール画分のヒアルロニダーゼ阻害効果

(3)ペクチン様物質の精製

20%エタノールで沈殿した画分にはウロン酸が多く含まれていました。陰イオン交換クロマトグラフィーによってこの20%エタノールで沈殿した画分の精製を試みたところ、単一のピークが検出されました。このピークを回収しさらに分子量分析を行なったところ、分子量はプルラン換算で8.5kDa程度、ウロン酸が76.4%含まれており、この沈殿画分はペクチン様物質である事が明らかになりました。

図6. 20%エタノール分画物の陰イオン交換クロマトグラフィーによる精製と分子量、組成

(4)シルバースキン由来ペクチン様物質のヒアルロニダーゼ阻害活性

シルバースキン由来のペクチン様物質と他の植物由来のペクチンとでヒアルロニダーゼ阻害活性を比較しました。
今回、リンゴ由来および柑橘類由来のペクチンで比較したところ、シルバースキン由来のペクチン様物質のIC50は0.029mg/mLであり、リンゴ由来や柑橘類由来のものより強いヒアルロニダーゼ阻害活性を持つことが分かりました。

図7. シルバースキン由来ペクチンのヒアルロニダーゼ阻害活性

まとめ

コーヒー豆の焙煎工場から排出されるシルバースキンの熱水抽出物にはヒアルロン酸の分解を阻害する成分が含まれていることがわかりました。 シルバースキン熱水抽出物にはペクチン様物質が豊富に存在しており、これがヒアルロニダーゼ阻害活性に大きく寄与することが分かりました。シルバースキン由来のペクチン様物質は分子量が8.5kDaでウロン酸含有量が多く、コーヒー豆特有の物質であることを明らかにしました。
シルバースキン由来のペクチン様物質はリンゴ由来および柑橘類由来のペクチンよりも強いヒアルロニダーゼ阻害活性を示したことから、今後機能性素材としての活用が期待されます。

用語解説

1)IC50

特定の物質(阻害剤)が、例えば酵素、細胞、受容体、微生物などの半数を阻害するにはどれだけの濃度が必要かを示す指標で、より低い値を示す化合物は阻害剤としての活性がより高いと言える。

2)マスト細胞(肥満細胞)

マスト細胞(肥満細胞)は粘膜下組織や結合組織などに存在している(膨れた様が肥満を想起させることから肥満細胞とも言われる)。マスト細胞はアレルギー反応の主体となる細胞で、細胞内にはヒスタミンをはじめとした各種化学伝達物質があり、細胞表面の抗体に抗原が結合するなどの外部刺激により、それが引き金となって細胞膜酵素の活性化がうながされ、ヒスタミンなどが放出される(脱顆粒とよばれる)。ヒスタミンが肥満細胞から遊離される際には、ヒアルロニダーゼが介在しているとされている。

3)ヒスタミン

動物の組織内に広く存在する化学物質。普通は不活性状態にあるが、肥満細胞をはじめとしたヒスタミン産生細胞が外部刺激を受けると活性型となり細胞から放出され、血管拡張、血圧降下、血管透過性亢進、平滑筋収縮不随意筋を収縮する。花粉症やアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎やじんましんなどはアレルギー反応のひとつで、過剰にヒスタミンが放出された状態といえる。

4)陰イオン交換クロマトグラフィー

分離したい物質表面に露出されている電荷(有効表面電荷)の特性にしたがって物質を分離する手法。物質の荷電状態(有効表面電荷)のpHによる変化を利用し、反対の電荷を有する担体(今回の実験では陰イオン交換樹脂)と可逆的に結合させて回収する精製手法。

5)Da

Da(dalton、ダルトン・ドルトン)はおもにライフサイエンスで原子や分子の質量を表す慣用的に使われる単位で、質量数12の炭素原子の1/12を1ダルトンとする。kDa(kilodalton)はその1000倍の単位。8.5kDaは分子質量8,500を表す。