学術発表

日本人を対象とした、コーヒーチェリー果肉抽出物(CCPE)による認知機能改善効果について報告

第30回国際コーヒー科学会議(ASIC)にて発表

UCC上島珈琲株式会社は、「日本人を対象とした、コーヒーチェリー果肉抽出物(CCPE)による認知機能改善効果」に関する研究を行いました。この研究成果は、第30回国際コーヒー科学会議(ASIC)(2025年10月27日~10月31日 リスボン大学/ポルトガル)にて口頭発表しております。

発表年月日2025.10.28
英文表題Effects of Intake of Coffee Cherry Pulp Extract on the Cognitive Function Decline with Aging in Japanese Subjects
和文表題日本人における、コーヒーチェリー果肉抽出物(CCPE)による認知機能改善効果
発表者名岩井和也, 光實利貴人, 森本栞, 有木真吾, 浦川夏帆, 今西貴紀, 植田恵美 (UCC上島珈琲株式会社), 鈴木直子(株式会社オルトメディコ), 髙良毅(盛心会タカラクリニック)
資料名
概要【目的】コーヒーチェリー果肉抽出物(CCPE)が、神経突起伸長誘導、in vitroでのアミロイドβ(Aβ)凝集阻害、および健康な成人の認知機能に及ぼす影響を検討する。
【方法】CCPEとプロシアニジンB1、B3を用いて、PC12細胞の神経突起伸長誘導とAβ凝集阻害に関するin vitro研究を実施した。臨床試験は、軽度認知障害が疑われる40歳以上の参加者66名を対象とした、プラセボ対照ランダム化二重盲検並行群間比較試験を実施した。参加者は、CCPEの高用量群または低用量群(プロシアニジンB1およびB3をそれぞれ20mg/日または5mg/日含有)、あるいはプラセボ群(各群n=22)に無作為に割り付けられた。試験食品は1日5カプセルを12週間摂取した。評価項目はCognitraxミニメンタルステート検査(MMSE-J)、および血清中の脳由来神経栄養因子(BDNF)レベルを測定した。
【結果】In vitro試験では、CCPE処理群とPB1+PB3処理群で神経突起伸長誘導と凝集阻害が認められた。臨床試験では、主要評価項目である12週目のCognitraxによる標準化総合記憶スコアの測定値は、高用量群がプラセボ群よりも有意に高く(群間差:12.1、95%信頼区間0.7~23.5、P = 0.038)、低用量群とプラセボ群の間には有意差は認められなかった。また有害事象は観察されなかった。
【結論と展望】CCPEの継続摂取が認知機能を改善することが示された。

研究の背景・目的

私たちが日常的に楽しんでいるコーヒーは、コーヒー果実の種子を原料としています。コーヒー果実の約45%を占める果皮や果肉の部分は、これまで主に肥料、飼料、燃料などとして利用されてきました。近年、この未利用部位には健康維持に役立つポリフェノールが豊富に含まれていることが分かってきました。
これらのポリフェノールの中には、記憶や学習に関わる認知機能をサポートする可能性が報告されています。急速な高齢化が進む日本において、健康寿命の延伸は重要な課題です。当社では、この未利用資源にポリフェノールが豊富に含まれている点に着目し、認知機能(特に記憶)に対する有効性を検証しました。

研究概要

当社の研究グループは、ベトナム産のカネフォラ種コーヒーチェリーの果皮・果肉から抽出した成分(CCPE)に着目し、加齢に伴う認知機能への影響を検証しました。

実験方法

今回の研究では、細胞レベルでの基礎実験と、中高年を対象とした臨床試験の2段階で検証しました。

細胞レベルの実験(in vitro実験)

ラットの神経細胞モデル(PC12細胞)を用い、以下の2点について調査しました。
①アミロイドβ(Aβ)凝集抑制試験
アルツハイマー病の原因物質とされるが固まることを防ぐ力があるかを測定しました。
②神経突起伸長試験
神経細胞同士が情報をやり取りするために「枝(突起)」を伸ばし、ネットワークを形成する力があるかを観察しました。

中高年を対象とした臨床試験

40歳以上の日本人男女66名を対象としました。被験者は、MMSE-Jと呼ばれる対面式の認知機能検査を受け、見当識、記憶、計算、言語機能などを評価しました。30点満点中24〜27点のスコアであった軽度認知障害(MCI)疑いの被験者を組み入れ、12週間の試験を実施しました。参加者は以下の3つのグループに分けられ、以下に記載の食品を毎日摂取しました。
・プラセボ群:有効成分を含まない偽薬を摂取
・低用量群:CCPEを1日280mg摂取
・高用量群:CCPEを1日1,120mg摂取

評価には、認知機能テストであるCognitraxとMMSE-Jを用いました。Cognitraxはコンピュータ上で行う認知機能テストで、記憶系(言語、視覚など)、注意系(持続、選択など)、処理系(処理速度、反応時間など)、高次機能系(柔軟性、社会的認知など)を評価し、結果は数値化されます。
また、血清中の脳由来神経栄養因子(BDNF)濃度も測定しました。

実験結果

試験管レベル・細胞レベルの実験結果

CCPEはアミロイドβ(Aβ)の凝集を明確に抑制しました。また、プロシアニジンB1やB3単独でも凝集抑制効果を示しましたが、抽出物全体(CCPE)の方がより強い作用を示しました。

図1. アミロイドβの凝集抑制効果

また、CCPEを添加した神経細胞では、培養にともない神経突起が著しく伸び、枝分かれも増えることが確認されました。これは、CCPEが神経ネットワークに何らかの影響を及ぼすことを示しています。

図2. 神経突起の伸長
臨床試験の結果

12週間の摂取により、プラセボ群と比較してCognitraxの試験項目に有意な改善が認められました。
低用量群では、状況に応じて考え方を切り替える力である「認知柔軟性」や、行動や判断を統合的に制御する「実行機能」で改善が認められました。高用量群では、図形や空間など見た情報を覚える能力である「視覚記憶」と、言語記憶と視覚記憶を主に反映した“複合的な記憶指標” である「総合記憶力」でスコアの大きな改善が認められました。一方、認知症スクリーニングに用いられるMMSE-Jや、脳の栄養因子であるBDNFの数値には、全体として大きな変化は見られませんでした。

図3. 臨床試験結果(低用量:280mg/日)
図4. 臨床試験結果(高用量:1120mg/日)

考えられるメカニズム

今回の試験では、認知機能の指標とされるBDNFに変化が見られなかったにもかかわらず、認知機能の改善が確認されました。このことから、CCPEはBDNFとは関係なくメカニズムに関与している可能性が考えられますが、詳細なメカニズムについては今後の検討が必要です。

結論と今後の展望

本研究により、コーヒーの「豆」以外の部分であるコーヒーチェリーの果皮や果肉が、日本人中高年の認知機能の低下に働きかける可能性が示されました。これまで十分に活用されてこなかった果皮や果肉を利用することは、環境負荷の低減につながるだけでなく、超高齢社会における健康寿命延伸への新たなアプローチになることが期待されます。今後、より大規模な試験や長期的な検証を進めることで、日常生活の中で手軽に脳の健康をサポートできる製品への応用が期待されます。

用語解説

1)アミロイドβ(Aβ)

アルツハイマー病の病理的特徴である老人斑の主成分。神経細胞に対して毒性を示し、その産生や蓄積の異常が、発症に深く関与していると考えられている。

2)プラセボ対照ランダム化二重盲検並行群間比較試験

被験者をくじ引きのようにランダムにグループ分けし、一方には有効成分、もう一方には中身に効果のない見た目だけ同じもの(いわば偽物の食品や薬)を与えて比較する試験方法。さらに、被験者、試験実施者、および医師が、あらかじめどちらを摂取しているか分からない状態で実施することで、「効いている気がする」といった思い込みの影響を排除する。すなわち、「本当に効いているのか」をできるだけ公平に検証するための試験である。

3)Cognitrax

パソコンを用いて、記憶力や注意力、反応速度などの認知機能を測定する検査。ゲームのような課題に答えることで、主観的になりがちな「頭の働き」を数値化できる点が特徴。わずかな変化も捉えられるため、食品やサプリメントの効果検証などにも用いられる。スコアは年代別平均が100点で、そこからの高低によって評価される。

4)Cognitraxの評価項目:「認知柔軟性」(Cognitive flexibility)

状況の変化に応じて、考え方や対応を切り替える能力。例えば、電車の遅延時に別のルートを考える、材料が不足した際に代替案を選ぶといった柔軟な対応がこれにあたる。

5)Cognitraxの評価項目:「実行機能」(Executive function)

目的に向かって計画を立て、注意を維持しながら行動を調整する能力。例えば、料理において手順を考え、進行状況を見ながら複数の作業を同時に進めるといった段取り力がこれにあたる。

6)ミニメンタルステート検査(MMSE-J)

筆記や口頭で行うシンプルな認知機能検査(研究では日本語版を使用)。日付の確認や単語の記憶・再生、簡単な計算などを通じて評価する。パソコンは使用せず短時間で実施できるため、認知機能に問題がないかを大まかに確認するスクリーニングとして広く用いられる。合計30点満点で、一般に点数が低いほど認知機能の低下が疑われる。

7)脳由来神経栄養因子(BDNF)

神経細胞の成長や維持、神経同士の結びつきを支えるタンパク質で、記憶や学習機能に深く関与する。血液中にも存在するため、その濃度を測定することで脳の健康状態を間接的に評価できる。運動や食事、ストレスなどの影響を受けることから、生活習慣や食品の効果を示す生体指標として注目されている。