学術発表

カップの形状がコーヒーの味わいに与える影響について報告

日本官能評価学会2021年大会にて発表、同学会誌に掲載

UCC上島珈琲株式会社は、カップ形状がコーヒーの味わいに与える影響について研究しました。この研究成果は日本官能評価学会2021年度大会にて口頭発表し、学会優秀発表賞を受賞しました。

発表年月日(学会発表)2021.11.28 (学会誌掲載)2022.10
英文標題Effects of different cup shapes on coffee flavor
和文標題カップの形状がコーヒーの味わいに与える影響
発表者名半澤拓、垣内美紗子、福永泰司、髙畑理(UCC上島珈琲株式会社)
資料名(学会誌) Japanese Journal of Sensory Evaluation, 2022, Vol.26, No.2, 89-91
概要【背景・目的】
コーヒーは豆の種類や加工方法によって多様な味わいを楽しめる飲み物として知られていますが、近年、コーヒー飲用時に用いるカップの色、形状、材質などが飲用時の味・香りの強度や質へ影響している事例がいくつか報告されている。
本研究ではカップの形状に着目し、それがコーヒーの味わいにどのように影響するかを考察した。

【方法】
形状の異なるカップに注がれたコーヒーの外観から受ける味わいの印象を調査するため、53名の評価者に各カップにコーヒーが注がれた状態の写真を提示し、そこから想起される風味5項目(香り、甘み、酸味、苦味、濃厚さ)の強度について評価を行った。
形状の異なるカップに注がれたコーヒーを飲用した際に感じられる味わいの違いを調査するため、形状の異なる4種類のカップにまったく同じコーヒーを注ぎ、コーヒーサンプルの情報を開示せず、専門評価者14名で飲用・評価を行った。官能評価では採点法により風味5項目(香り、甘み、酸味、苦味、濃厚さ)の強度を、TDS法により飲用時の経時的な風味変化を評価した。
カップ形状によりコーヒーの味わいに変化がみられた要因を探るため、それぞれのカップにおいて、飲用時のカップの傾きなどを調査した。

【結果】
外観から受ける味わいの印象については、小ぶりなカップAからは濃厚で苦味が強いイメージ、口の広がったカップB、Cからは香りが強いイメージが想起された。
一方、実際にコーヒーを飲用した際に感じられる味わいに関しては、採点法による評価では、カップが大型でコーヒー液を含めた全体重量が増すカップC、Dでコーヒーを濃厚に感じ、背の高いカップDで香りが強く苦味が弱く感じられる傾向であった。TDS法では、特に背の高いカップDで飲用開始直後のコーヒーの香りが支配的であり、つまり、飲み初めに香りを強く感じられた。
カップからコーヒーが溢れ出す最小角度を測定したところ、背の高いカップDは他のカップよりも角度が大きかった。飲用時にもカップがより傾いた状態になっていたと考えられ、飲用開始時にコーヒーの香りを強く感じた要因である可能性がある。

研究の背景、目的

コーヒーとカップの歴史

コーヒー飲用の起源は13世紀頃のアラビア半島周辺から始まったものと伝えられます。16世紀以降、徐々に世界各国に伝播しました。そして17~18世紀頃、欧州各地にコーヒーハウスが展開される頃から現代に連なる喫茶文化が生まれました。その中で、コーヒーカップをはじめとしたコーヒー器具が発展、定着していきました。取っ手付きのカップの登場は、18世紀ごろと言われています。(参考『All about coffee』 William H. Ukers)

クロスモーダル効果

認知科学や心理学における用語で、一つの感覚が他の感覚における感じ方に影響することを言います。例えば、見たものが聴覚に大きく影響するといった現象がこれにあたります。
食品においては、白ワインを赤く着色して見た目を赤ワインに近づけることで、そのワインを飲んだ際に赤ワインの風味であるかのように錯覚してしまうといった事例が知られています。また、近年はコーヒーにおいても、カップの色や質感がコーヒーの味わいに影響すること等が報告されています。(Doorn et al., 2014、Carvalho and Spence, 2019)。

研究概要

試験には形状の異なる4種類のカップを用いました(図1)。

図1)実験に用いた4種類のカップ

今回の実験でコーヒーの味わいを評価する際には、カップに注ぐコーヒーの量はカップの70%容量としました。官能評価においては、コーヒーサンプルの温度は65.0±1.0℃に統一しました。また、カップ形状の違いによる影響をより明確に比較するために、 はじめの“ひとくち分”だけで評価するよう統一しました。

1)外観から受ける味わいの印象のアンケート調査

カップA~Dに70%容量のコーヒーが注がれた写真を53名(男性28名、女性25名、26歳~58歳)に提示し、そこから想起される“コーヒーの香りの強さ”、“甘みの強さ”、“酸味の強さ”、“苦味の強さ”、“濃厚さ”について[0点(全くない)~5点(普通)~10点(非常に強い)]の11段階で評価しました。その結果、濃厚さについては小ぶりなカップAで強く、香りについては口の広いカップBとCで強い印象を受ける結果でした(図2)。

図2)アンケートの結果:各カップに注がれたコーヒーの外観から受ける味わいの印象(n=53)
異なるアルファベット間で有意差あり(Tukey's HSD, p < 0.05)

2)採点法による味わい評価

コーヒーの評価訓練を受けた評価者14名にて、4種類のカップに注がれた、まったく同じコーヒーの味わいを評価しました。サンプルの詳細(カップの中身が同じコーヒーであること)は評価者には伏せた状態で試験しました。評価は、“香り”、“甘み”、“酸味”、“苦味”、“濃厚さ”の強度についてスコアを付けることで実施しました。

図3)採点法の結果:各カップに注がれたコーヒーを飲用した際に感じられる強度の差(n=14)
異なるアルファベット間で有意差あり(Tukey's HSD, p < 0.05, N.S:Not Significant)

背の高いカップDでは、香りの強度が強く、苦味の強度が弱く感じられました。また、重量のあるカップCとDは、軽いカップAとDよりもコーヒーが濃厚に感じられる傾向でした。これは外観の印象とは関連性のない結果となっていたため、形状の異なるカップでコーヒーを味わった際の香りや味の違いは、外観情報(=視覚)が味覚や嗅覚に影響しているのではなく、カップを手にした際の重量など、触覚情報からの影響を受けている可能性が考えられました。

3)TDS法による味わい評価

TDS法にて、形状の異なる4種類のカップでコーヒーを飲用した際の経時的な味わいプロファイルを作成しました。評価者は採点法と同様に一口だけコーヒーを飲用しますが、口に含んだ瞬間から5秒後に飲み込むように飲用方法を統一しました。
15人の被験者で3回ずつ繰り返して評価した結果を図4に示します。

図4) TDS法の結果:各カップでコーヒーの飲用により得られたTDS曲線(n=45)
点線は、Chance level(20%)、Significance level(30%)を示す

採点法にて他のカップよりも香りのスコアが高かったカップDでは、TDS法では特にカップに口を付けて飲用した瞬間に香りが支配的に感じられ、中盤以降に感じられる苦味の印象が抑えられている傾向でした。

4)カップ形状と味わい

官能評価の採点法による味わい評価の結果では、コーヒー液を含めたカップの全体重量が重くなるほど濃厚感が強く感じられる傾向が見られました。他の食品を対象とした実験においても手に持った食器の重さによって食べ物の粘度や濃厚さを強く感じてしまうといった、触覚と味覚のクロスモーダル効果の報告があり(Fiszman and Spence, 2012)、今回の実験においても同じような現象が起こっている可能性が考えられました。
また、官能評価のTDS法による味わい評価では、背の高いカップDでコーヒーを味わうと、特に飲み初めに香りを強く感じる傾向が見られました。この要因を明らかにするため、オリジナルの測定器具(図5)を作成し、カップからコーヒーが溢れ出す最小角度を測定しました。

図5)飲用時のカップの傾きを測るための器具

表1)カップからコーヒーが溢れ出す最小角度(n=3平均)

この結果、カップDは他のカップよりもカップからコーヒーが溢れ出す最小角度が大きいことが分かりました(表1)。したがって、カップDは飲用時にカップがより傾いた状態になっているため、飲用時に液面が鼻に近い位置となっていた可能性があり、香りを強く感じている要因になっているものと考えらえました。

まとめ

本研究ではカップの形状がコーヒーの味わいに影響することを明らかにしました。
今回みられた濃厚感の違いは、カップ形状に起因する重量が味わいに影響したクロスモーダル効果である可能性があります。また、香り強度の違いは、カップ形状に起因する飲用時のカップの傾き度合いの違いによる影響であると考えられました。

コーヒーは、豆の種類や焙煎度、抽出の仕方に加えて、カップの種類を組み合わせることで、味わいに無限の広がりを持たせることができると考えられます。
私たちは、ありとあらゆるコーヒーの可能性を拓くために、今後もさらなる研究を積み重ねて参ります。

用語解説

1)官能評価 - 採点法

0〜3,1〜5,−3〜+3などの数値尺度により、試料の特性や好ましさを点数によって評価する方法。感覚的な評価項目において、その強さを比較したいときなどに用いられる。

2)官能評価 - TDS法

Temporal Dominance of Sensation(質的経時変化測定)法。複数の感覚の時系列変化を同時に測定する手法の一つで、複数の感覚属性の変化を経時的に測定したいときに用いられる。