学術発表

脱カフェインコーヒー生豆抽出物の脂肪分解酵素活性阻害について報告

第23回国際コーヒー科学会議(ASIC)にて発表

UCC上島珈琲株式会社は、コーヒー豆に含まれるクロロゲン酸類の脂肪分解酵素阻害効果について研究しました。この研究成果を第23回国際コーヒー科学会議(ASIC)(2010年10月3日~8日 / Bali Grand Hyatt Hotel / インドネシア バリ島)にて発表致しました。

発表年月日2010.10.04~05
英文標題Evaluation of the in vitro inhibitory effects of an extract of decaffeinated green coffee beans on lipid degradation
和文標題脱カフェインコーヒー生豆抽出物のin vitroでの脂肪分解阻害効果の評価
著者名北浦佳奈、岩井和也、福永泰司、木村良太郎、中桐理(UCC上島珈琲)
資料名(Proceedings:p61-p65)
概要(学会発表要旨脱カフェインコーヒー生豆抽出物(EDGCB)及びその有効成分であると考えられるクロロゲン酸類が脂肪の消化吸収に対しどのような効果を示すか確認するため、膵リパーゼ1)阻害効果およびミセル2)粒子径への影響について、人工小腸モデル系で評価を行なった。
EDGCBは濃度依存的に膵リパーゼ活性を阻害した。またToyopearl HW-40Fカラムクロマトグラフィーにてクロロゲン酸類を含む分画物と含まない分画物で評価したところ、クロロゲン酸類を含む分画物に強いリパーゼ活性阻害効果が見られたため、リパーゼ活性阻害効果はEDGCBに含まれるクロロゲン酸類によるものと考えられた。クロロゲン酸類の中での効果の強さはフェルロイルキナ酸(FQA)<カフェオイルキナ酸(CQA)<ジカフェオイルキナ酸(diCQA)の順であった。次にこれらクロロゲン酸類のミセル粒子に及ぼす影響について評価を行なった。オリーブオイルエマルジョンを調製しEDGCBおよびクロロゲン酸類を添加してインキュベートしたが、その粒子径は変化しなかった。
従って脂肪の分解・吸収において、クロロゲン酸類はミセル粒子径に変化を与えるのではなく、リパーゼの反応を阻害することで脂肪分解・吸収を抑制することが示唆された。

研究の背景、目的

メタボリックシンドローム

厚生労働省発表の国民健康・栄養調査によると、現在の日本人の1日あたり脂肪摂取量は1945年と比較してほぼ4倍程度まで増えています。その一方で、1947年と2008年の国民一人当たり1日のカロリー摂取量を見ますと、ほとんど差はありません。これは日本人の食生活において、日常の食事中に占める脂肪の割合が増え、「食の欧米化」が進んだ結果であることを意味します。
内臓脂肪3)が蓄積された肥満によって、糖尿病、脳卒中などさまざまな病気が引き起こされやすくなった状態、いわゆる 「メタボリックシンドローム」が社会問題として取り上げられるようになって久しいですが、メタボリックシンドロームは食習慣・生活習慣に深く関係しており、近年は治療の対象として考えられるようになってきました。

図1. 日本人の1日あたり脂肪摂取量と摂取カロリー (出典:厚生労働省国民健康・栄養調査)

クロロゲン酸

近年、欧米や日本でコーヒーの飲用とメタボリックシンドロームとの関係について盛んに研究されています。UCCでは、脱カフェイン処理したコーヒー生豆抽出物と、その主たる関与成分であるポリフェノール(クロロゲン酸類)の食後血糖上昇抑制効果について先に報告しました。
ある種のポリフェノールは脂肪分解・吸収を抑制する作用があるといわれています。食事で脂肪を摂取すると、膵臓から膵リパーゼという消化酵素が分泌されます。この膵リパーゼは脂肪を脂肪酸とグリセリンに分解しますが、小腸粘膜の細胞から吸収されると再度脂肪となり、リンパ管を通って皮下脂肪や内臓脂肪として蓄積されることになります。クロロゲン酸類と脂肪吸収との関係については未だ不明の点が多く、本研究では、脂肪分解酵素(膵リパーゼ)の酵素活性阻害について、さらにそのメカニズムについて試験管レベルで研究を行ないました。

図2. 脂肪の分解・吸収イメージ

研究概要

1)脱カフェインコーヒー生豆抽出物およびクロロゲン酸類のリパーゼ阻害活性

コーヒーに含まれているポリフェノール(クロロゲン酸類)と脂肪の分解・吸収との関係を明らかにするため、まずコーヒー生豆を超臨界流体二酸化炭素4)で脱脂、脱カフェイン処理し、その後アルコールでクロロゲン酸類を抽出した脱カフェインコーヒー生豆抽出物を開発しました。この脱カフェインコーヒー生豆抽出物にはクロロゲン酸類が約40%含まれています。
この脱カフェインコーヒー生豆抽出物は、脂肪分解酵素である膵リパーゼに対して濃度依存的に酵素活性を阻害する効果を示しました。更にこの抽出物について、クロロゲン酸類を含む画分と含まない画分に分画し、膵リパーゼ阻害活性を測定したところ、クロロゲン酸類を含む画分のみに膵リパーゼ阻害活性がありました。さらにクロロゲン酸類含有画分に含まれる主要なクロロゲン酸類(9種類)を単離精製し、同様に膵リパーゼ阻害活性を測定しました。その結果すべてのクロロゲン酸類に膵リパーゼ阻害活性があることがわかり、フェルロイルキナ酸(FQA)<カフェオイルキナ酸(CQA)<ジカフェオイルキナ酸(diCQA)の順に強い活性を示しました。

図3. クロロゲン酸類の脂肪分解酵素(膵リパーゼ)阻害効果

2)脱カフェインコーヒー生豆抽出物、およびクロロゲン酸類のミセル径に及ぼす影響

ポリフェノールと脂肪の分解吸収抑制との関係については、多くの学術報告があります。ポリフェノールは、[1]脂肪分解酵素(リパーゼ)の阻害作用、[2]ミセルの直径が大きくなる(重合していく)ことで酵素反応を遅らせる作用、の両者の作用に関与しているといわれています。そこで、脱カフェインコーヒー生豆抽出物、およびクロロゲン酸類は乳化したエマルジョンのミセルに対しどのように作用するのか検証を行いました。
まずオリーブオイル、胆汁酸5)、緩衝液などを使って人工的な小腸液モデルを調製し、そのモデル液に対して脱カフェインコーヒー生豆抽出物、またはクロロゲン酸類を添加し、37℃で3時間、ゆっくりと撹拌し、腸内での環境を再現しました。その後ミセルの直径をレーザー回折/散乱式粒度分布測定装置にて測定しました。
その結果、緑茶抽出物や、緑茶のポリフェノールの一種であるエピガロカテキンガレートは乳化液のミセル粒子径、表面積を大きくさせる作用があったのに対し、脱カフェインコーヒー生豆抽出物、クロロゲン酸類異性体はほとんどミセル粒子径には作用しませんでした。
すなわち、コーヒーのポリフェノールであるクロロゲン酸類は、メカニズムとしてはリパーゼを阻害する作用によって脂肪分解・吸収抑制効果を発揮することが示唆されました。

図4. 脱カフェインコーヒー生豆抽出物のミセル粒子径に及ぼす影響

まとめ

以上の結果から、コーヒーに含まれるクロロゲン酸類は膵リパーゼの働きを抑制し、クロロゲン酸類異性体の中ではフェルロイルキナ酸(FQA)<カフェオイルキナ酸(CQA)<ジカフェオイルキナ酸(diCQA)の順に効果が高いことが分かりました。従ってコーヒーに含まれるクロロゲン酸類は、メタボリックシンドローム予防効果をもつ可能性が示唆され、飲料、レギュラーコーヒー、インスタントコーヒーなどでクロロゲン酸類を強化した製品開発への応用が可能です。

用語解説

1)膵リパーゼ

膵臓から消化液として分泌され、脂肪を分解して脂肪酸とグリセリンを生成させる酵素。脂肪酸とグリセリンは小腸粘膜の細胞から吸収される。

2)ミセル

油になじみやすい部分と水になじみやすい部分を持つ分子が、水の中で油になじみやすい部分を内側にして球状に集まったもの。

3)内臓脂肪

腹筋の内側、腹腔内の内臓の隙間に付いた脂肪。内臓脂肪が増えると、糖尿病、高血圧等になりやすくなる因子が血液中に分泌されたり、ホルモンが効きにくくなったりすることから生活習慣病と深い関係があると言われている。

4)超臨界流体二酸化炭素

二酸化炭素に温度と圧力をかけ、臨界点とよばれる気体と液体が共存できる限界の温度・圧力(31.1 ℃、7.38MPa)に達すると、液体と気体の区別がつかなくなる状態になり、この臨界点を超えた状態を超臨界流体と呼ぶ。
超臨界流体は、どこにでも忍び込む気体の性質(拡散性)と、成分を溶かし出す液体の性質(溶解性)の両方の性質を持ち、工業的にはコーヒー豆の脱カフェインなどに使用される。

5)胆汁酸

肝臓でコレステロールを原料に生成され、胆のうから十二指腸へ分泌される。食事で摂取した脂肪に作用してミセルになり、水になじみやすくなった結果、ミセルとなった脂肪が膵リパーゼの消化作用をうけやすくなる。