学術発表

コーヒー抽出残渣の脱臭効果とメカニズムの推察に関する報告

環境科学会 2023年会にて発表

UCC上島珈琲株式会社は、「コーヒー抽出残渣の脱臭効果とメカニズムの推察」に関する研究を行いました。この研究成果は、環境科学会 2023年会(2023年9月7日~9月8日 神戸大学 鶴甲第2キャンパス)にて口頭発表しております。

発表年月日2023.9.7
英文標題Deodorizing Effects and Inferred Mechanisms of Coffee Grounds
和文標題コーヒー抽出残渣の脱臭効果とメカニズムの推察
発表者名中川真緒、岩井和也(UCC上島珈琲株式会社)
資料名
概要【背景・目的】
コーヒー抽出残渣(以下Coffee Grounds:CG)には脱臭効果があり、その効果のメカニズムは活性炭と同様、CG表面の細孔による物理吸着だと考えられてきたが、詳細は未解明であった。そこで本研究では、CGと活性炭の悪臭物質に対する吸着能を気体検知管法により比較評価した。さらに、CGの脱臭効果のメカニズムについて推察した。

【実験方法と結果】
1. 脱臭効果の評価
アクリルケース内に水溶液の悪臭物質(アンモニア・トリメチルアミン・イソ吉草酸)適量と抽出直後のCGもしくは活性炭0.5 gを置き、1時間後の悪臭物質濃度を気体検知管で測定した。CGは、これら悪臭物質に対し脱臭効果が見られ、特にアンモニアに対する脱臭効果に優れていた。更に、アンモニアの脱臭効果はCGの方が活性炭より有意に高く、コーヒーの品種別の比較ではアラビカ種の方がカネフォラ種より有意に高かった(p<0.05)。
次に、CGの水分量が脱臭効果に及ぼす影響を同様の実験で調査した。水分量を60%とおおよそ0%に調製したCGのアンモニア脱臭効果を比較した。その結果、水分量が高いほど脱臭効果が高い傾向だったが、水分量がおおよそ0%のCGも活性炭より脱臭効果が高かった。

2. 比表面積の測定と比較
CGの比表面積をガス吸着法で測定し、活性炭の比表面積と比較した。比表面積は活性炭の方がCGより約25,000倍大きかった。

3. 表面の観察
CGと活性炭の表面を電界放出型走査電子顕微鏡(以下FE-SEM)で観察した。活性炭では直径30~100 nmの微細孔が分布していたが、CGでは微細孔を観察できなかった。

4. メラノイジンの脱臭効果
CGからメラノイジンを抽出し、アンモニアに対する脱臭効果を評価した結果、アンモニア吸着効果が見られた。

【考察と今後】
アンモニアに対する脱臭効果はCGの方が活性炭より有意に高かった一方で、多孔性は活性炭の方がCGよりはるかに高かった。また、CG由来メラノイジンにはアンモニア脱臭効果があった。メラノイジンは主に食品に特有の成分のため、CGには存在するが、活性炭には存在しないと推察される。
以上の結果から、CGの脱臭効果のメカニズムには細孔による物理的吸着以外に複数の要素が関与しており、その一つとしてメラノイジンが考えられた。今後も引き続きCGの脱臭効果のメカニズム解明に取り組み、CGの新たな価値発見からアップサイクルに貢献する。

研究の背景、目的

「良い香り」が魅力の一つであるコーヒーですが、「嫌なにおい」にも効果があることをご存知でしょうか。実は、コーヒー抽出残渣(以下Coffee Grounds:CG)には脱臭効果があると言われています。そこで本研究では、CGの悪臭に対する吸着効果を評価し、脱臭剤としても知られる活性炭と比較しました。さらに、CGの脱臭メカニズムについても推察しました。本研究を通じて、本来廃棄されるCGに新たな価値を見出し、アップサイクルに貢献します。

研究概要

実験方法

1. 脱臭効果の評価
密閉したアクリルケース内に悪臭物質(アンモニア、トリメチルアミン、イソ吉草酸)とサンプル(CGもしくは活性炭)を入れ、1時間室温(25℃)で放置しました。1時間後、アクリルケースの上部穴に気体検知管を差し込み、ケース内の悪臭を採取して濃度を測定しました。下記の式にしたがって、悪臭物質吸着量(mL)を算出し、サンプルの悪臭に対する吸着効果を評価しました。

図1. 実験の様子

2. 比表面積の測定
CGの比表面積をガス吸着法によって測定しました。

3. 表面構造の観察
CGと活性炭の表面構造を電界放出型走査電子顕微鏡(以下FE-SEM)で観察しました。

結果と考察

1. CGの脱臭効果
世界に流通しているコーヒーはアラビカ種とカネフォラ種に大別されます。今回は2種類のコーヒー豆を同じ焙煎度(L=20)になるように焙煎し、抽出直後のCGを用いて3種類の代表的な悪臭物質(アンモニア、トリメチルアミン、イソ吉草酸)に対する脱臭効果を評価しました。その結果、CGは特にアンモニアに対する脱臭効果に優れており、アラビカ種のほうがカネフォラ種より脱臭効果が高いことが判明しました。

図2. CGの悪臭物質に対する脱臭効果(n=3)

2. CGと活性炭の比較
アラビカ種とカネフォラ種が混在した市販のコーヒーから得たCGと、市販の活性炭を用いて、アンモニアに対する脱臭効果を比較しました。CGは抽出直後の水分を含む状態と乾燥状態の2種類を用意しました。その結果、アンモニアに対する脱臭効果はCGのほうが活性炭より高く、水分量が高いほどその傾向が強いことが判明しました。

図3. CGと活性炭のアンモニアに対する脱臭効果
Tukey による多重比較検定を行った (n=3) 。 異符号間で有意差あり(p<0.05)。

3. 脱臭効果のメカニズム
3-1. 比表面積の測定
コーヒー豆や活性炭の表面には無数の小さな穴(多孔質)が存在し、その小さな穴に悪臭物質が吸着すると考えられています。CGの方が活性炭より脱臭効果が髙かった要因として、多孔性が異なることが考えられました。そこで、CGの比表面積をガス吸着法で測定し、活性炭と比較しました。その結果、アラビカ種、カネフォラ種のCGはどちらも比表面積が非常に小さく、活性炭と比較すると約25,000分の1でした。

表1. CGと活性炭の比表面積

※活性炭の値は購入元のデータを参考

3-2. 表面の観察
CGと活性炭で比表面積が全く異なったことから、両者には表面構造にも違いがあると考え、FE-SEMで観察しました。その結果、活性炭では約30~100 nmの細孔(図の矢印)を複数観察しましたが、CGではほとんど観察できませんでした。

アラビカ種
カネフォラ種
活性炭

図4. CGと活性炭の表面構造(矢印は微細孔を示す)

3-3. CG由来メラノイジンの脱臭効果
CGの高いアンモニア吸着能は比表面積および表面構造から多孔質起因ではないと考えられたため、他の要因としてメラノイジンに注目しました。メラノイジンとは食品の焙煎工程で発生する成分で、しょうゆに含まれるメラノイジンに脱臭効果があることが報告されています(塩谷育生, 築山良一, 古林万木夫, 醸協, 98(11), 768-774 (2003))。そこで、CG由来のメラノイジンにも脱臭効果があると考え、アンモニアに対する脱臭効果を評価しました。アンモニア水溶液のみを設置した場合と、CG由来メラノイジンを同時に設置した場合のアンモニア濃度を比較しました。その結果、CG由来メラノイジンでアンモニア吸着効果が確認されました。メラノイジンは主に食品に特有の成分のため、CGには存在し、活性炭には存在しないと推察されます。したがって、CGの方が活性炭よりアンモニア脱臭効果が高い要因の一つとしてメラノイジンの影響が考えられます。

図5. CG由来メラノイジンのアンモニアに対する脱臭効果

まとめ

CGの脱臭効果を評価した結果、特にアンモニアに対して高い吸着能を示し、コーヒーの種別ではアラビカ種がカネフォラ種を上回りました。さらに、アンモニアに対する脱臭効果はCGの方が活性炭より高く、水分量が高いほどその傾向は強くなりました。
CGの脱臭効果のメカニズムは、従来は多孔質による物理吸着だと考えられてきましたが、本研究により、焙煎時に生じるメラノイジンの関与も示唆されました。
本研究ではCGと活性炭の脱臭効果を室温(25℃)で1時間経過後の悪臭物質吸着量から評価しました。今後は高温下や時間経過に伴う脱臭効果を評価したいと考えています。
引き続きCGの脱臭効果のメカニズム解明に向けて取り組み、CGの新たな価値発見と地球環境への負荷軽減を目指します。

用語解説

1)アンモニア、トリメチルアミン、イソ吉草酸

アンモニアは尿、トリメチルアミンは腐敗した魚、イソ吉草酸は汗のにおいの代表的なにおい成分である。

2)気体検知管

気体採取器とガラス製の検知管からなる、ガス濃度測定器。
気体採取器の先端に検知管を差し込み、試料ガスを吸引すると、測定対象物質がある場合に検知管が変色する。このとき、変色した濃度目盛から測定対象物質の濃度を算出できる。

図6. 気体検知管の構造
図7. 検知管の色の変化(写真の例では青紫色に変化)

3)ppm

parts per millionの略で、100万分のいくらかという割合を示す単位。1ppm=10-6に換算される。

4)比表面積

ある物体について単位質量当たりの表面積または単位体積当たりの表面積を示す。

5)ガス吸着法

測定したい試料表面にガス分子を吸着させ、その吸着量から試料の比表面積を算出する。

6)電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)

高電圧によって加速された電子線をレンズにて収束して得られる微小径の電子プローブを試料表面に照射・走査し、試料から発生する電子を検出することで、試料形態を高解像度で観察できる。

7)L値

コーヒーのL値は、コーヒーの色の明るさを示す指標で、焙煎度や品質管理の評価に利用される。L値が高いほど明るい色(浅炒り)、低いほど暗い色(深炒り)を意味し、焙煎度合いに応じて変化する。

8)Tukey検定とp値

Tukey検定は、複数の群間の平均値を比較する際に、全ての対比較を行い、それらの間の有意差を評価する。p値が0.05未満で比較している二つの群の平均値の差は有意であるとされる。

9)メラノイジン

コーヒーの焙煎時に生じるメラノイジンにはクロロゲン酸類(CGAs)が含まれている。クロロゲン酸のカフェ酸部位のOH基が酸化されると強い脱臭効果が生じることが報告されている(Amaia Iriondo-DeHond, et al., Front. Nutr., 8:730343 (2021))。

図8. コーヒーグラウンズ由来メラノイジンとクロロゲン酸の推定構造
(出典:Amaia Iriondo-DeHond, et al., 2021)