学術発表
UCC上島珈琲株式会社は、近畿大学農学部と共同でコーヒー抽出残渣の農業利用に関する研究を行いました。これらの研究成果は論文としてPlant Production Scienceにて公開しております。
発表年月日 | 2021.12.02 |
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英文標題 | Effectiveness of direct application of top dressing with spent coffee grounds for soil improvement and weed control in wheat-soybean double cropping system |
和文標題 | コムギ・ダイズ二毛作体系における使用済みコーヒー抽出残渣の土壌表層処理による土壌改良と雑草防除の有効性 |
発表者名 | 廣岡義博、倉重真太郎、山根浩二、飯嶋盛雄(近畿大学農学部) 渡邊芳倫(福島大学農学群) 垣内美紗子、石川大将、宮川卓、岩井和也(UCC上島珈琲株式会社) |
資料名 | (学会誌) Plant Production Science,Volume 25, Issue 2, Pages 148-156(2022) |
概要 | 世界の年間コーヒー消費量の増加に伴い、コーヒー抽出残渣の発生量も増加している。広大な農地にコーヒー抽出残渣を直接投入することで、土壌改良と雑草の抑制を環境に配慮した形で行える可能性がある。しかし、コンポスト化を除いて、ポット規模の研究で明らかとなった作物成長に対する生育阻害効果のために、フィールドレベルでのコーヒー抽出残渣の使用はこれまで実施されていない。本研究では、コムギとダイズを用いた二毛作圃場実験において、コーヒー抽出残渣の投入が、作物バイオマス、土壌改良、雑草防除に与える影響を評価した。圃場実験は水田から転換した畑で6作期にわたって行われ、作物および雑草のバイオマス、ならびに土壌の全炭素および窒素量を調査した。ここでは、生育阻害効果を最小限に抑えるため、作物の発芽後にコーヒー抽出残渣を土壌の表層に直接施用する方法(マルチング施用)を試行した。土壌の全炭素量および全窒素量は、最初のコーヒー抽出残渣の施用から約20カ月後に5kg/m2以上のコーヒー抽出残渣施用試験区で有意に増加し、また、コムギの1作期目を除いて、作物収量に対する悪影響はなかった。また、10kg/m2のコーヒー抽出残渣施用により、3作期目のコムギを除く、作付け期間中試験区内の雑草バイオマス量が50%以上減少した。以上のことから作物発芽後のコーヒー抽出残渣のマルチング施用は、畑栽培における土壌改良、雑草抑制に効果的であることが明らかとなり、持続的な農業生産に有効な方法であると考えられた。 |
コーヒー抽出残渣は、コーヒー飲料製造工場のほか、レストラン、喫茶店、ファストフード店や家庭からも排出され、その多くは廃棄物として処理されています。
2009年6月~2011年5月にかけてUCCと近畿大学農学部が共同で実施した圃場試験により、コーヒーの抽出残渣の2つの効果が判明しました。
① 圃場に施用したコーヒー抽出残渣は1年の時間をかけて分解され、緑肥作物の成長にポジティブな効果をもたらす。
② 土壌の表層にコーヒー抽出残渣を施用することでC/N比を維持したまま、土壌の炭素量、窒素量を増加させることができる。
なお、過去研究成果の詳細については以下リンクにて公開しております。
https://www.ucc.co.jp/company/research/future/residue.html
ただし、上記の結果は緑肥作物を栽培している圃場にて実験した結果であり、実用的な作物圃場におけるコーヒー抽出残渣の効果は過去に検証した例がありませんでした。
そのため、本研究ではダイズとコムギの二毛作長期作付け圃場においてコーヒー抽出残渣の土壌表層への施用(マルチング施用)が作物バイオマス量、土壌改良および雑草抑制に与える影響を評価することを目的としました。
実験作物としてコムギとダイズを用い、2017年11月から 2020年11月までの6回連続の作期で栽培しました。図1に示すようにコムギは1作期、3作期、5作期(冬期)、ダイズは2作期、4作期、6作期(夏期)に栽培しました。
コーヒー抽出残渣の施用量に基づいて、3つの試験区を作製しました。
「コントロール(0kg/m2)」、「少量(5kg/m2)」、「多量(10kg/m2)」
各試験区の大きさは2.8m×1.5mであり、各試験区が6反復となるよう実験圃場を整備しました。
6回連続の作期に及ぶ実験期間中、同じ試験区で同じ処理を続けました。
コーヒー抽出残渣の施用は作物の播種後、一定期間が過ぎてから施用しました。コムギの場合はコムギの播種からおよそ65日後、ダイズの場合はダイズの播種からおよそ25日後にコーヒー抽出残渣を施用しました。コーヒー抽出残渣は土壌表層を覆うようにマルチング施用にて実施しました。実験開始前の圃場の様子を図2に、実験期間中の圃場の様子を図3、4に示します。
3-1 作物のバイオマス量
コムギとダイズは慣行的な栽培を行い、その後収穫しました。作物のバイオマス量は以下の部位ごとに乾燥重量を測定することで評価しました。なお、ダイズ種子のみ水分量を15%に調整し、重量を測定しました。
コムギ:地上部、穂
ダイズ:地上部、種子
3-2 雑草のバイオマス量
コムギとダイズ収穫時に各試験区で生育している雑草を収穫しました。収穫した雑草は地上部バイオマスの乾燥重量を測定しました。
3-3 土壌成分の分析
ダイズ収穫時に各試験区の表土(地表面から深さ0~20cm)から土壌を採取し、全炭素量と全窒素量を分析しました。
1-1 コムギのバイオマス量
コムギのバイオマス量の結果を図5に示しました。2017/2018栽培シーズンの結果ではコーヒー抽出残渣を5kg/m2以上施用することで穂と地上部バイオマスの重量が低下しました。
2018/2019、2019/2020の栽培シーズンにおいてはコーヒー抽出残渣の施用による穂、地上部バイオマスの重量への影響はありませんでした。
1-2 ダイズのバイオマス量
ダイズのバイオマス量の結果を図6に示しました。2017/2018栽培シーズンの結果ではコーヒー抽出残渣を5 kg/m2以上施用することで地上部の重量が低下しました。
2018/2019、2019/2020栽培シーズンにおいてはコーヒー抽出残渣の施用による種子、地上部の重量への影響はありませんでした。
2-1 コムギ栽培時の雑草量
コムギと同時に収穫した雑草量の結果を図7に示しました。2017/2018、2019/2020栽培シーズンではコーヒー抽出残渣を5 kg/m2以上施用することで雑草のバイオマス量が低下しました。2018/2019栽培シーズンではコーヒー抽出残渣の施用は雑草バイオマス量に影響しませんでした。
2-2 ダイズ栽培時の雑草量
ダイズと同時に収穫した雑草量の結果を図8に示しました。いずれの栽培シーズンもコーヒー抽出残渣を5kg/m2以上施用することで雑草のバイオマス量が低下しました。
土壌中の全炭素量と全窒素量の測定結果を図9に示しました。2017/2018栽培シーズン時は土壌中の全炭素量と全窒素量にコーヒー抽出残渣の施用は影響しませんでしたが、2018/2019、2019/2020の栽培シーズン時には5kg/m2以上のコーヒー抽出残渣の施用により全炭素量と全窒素量が増加しました。
本研究では実際に作物を栽培している圃場にてコーヒー抽出残渣の作物に対する影響を複数年にまたがって調査しました。
作物発芽後のコーヒー抽出残渣施用は、作物に対し生育阻害効果を与えますが、その効果は初年度に抑えられることがわかりました。2018/2019、2019/2020栽培シーズンの結果では作物の生育に対するコーヒー抽出残渣の生育阻害効果が認められなかったことから、作物発芽後のコーヒー抽出残渣施用はコムギとダイズの二毛作に対して、コーヒー抽出残渣の生育阻害効果を最小限に抑えられることが明らかになりました。この理由としてコーヒー抽出残渣を継続的に施用した場合、コーヒー抽出残渣の分解に起因する植物生育促進効果とコーヒー抽出残渣の植物生育抑制効果が競合することが示唆されました。
作物の発芽後にコーヒー抽出残渣をマルチング施用することで、作物栽培期間中の雑草生育を抑制できることがわかりました。したがって、コーヒー抽出残渣のマルチング施用は作物栽培圃場の雑草防除効率を向上させる可能性があります。一方でコーヒー抽出残渣が保有する生育阻害効果に耐性を持つ雑草種が存在することも判明しており、植物種ごとのコーヒー抽出残渣に対する感受性のばらつきに関するさらなる研究が必要です。
コーヒー抽出残渣の継続的なマルチング施用により、施用2年後から土壌中の全炭素量、全窒素量が有意に増加しました。作物の生育にとって重要な炭素量、窒素量が増えたことから、継続的なコーヒー抽出残渣の圃場への投入は土壌改良の効果があることを示唆しました。
以上から、作物発芽後のコーヒー抽出残渣のマルチング施用は、持続的な農業生産に有効な方法であることがわかりました。作物の生育や土壌特性に対するコーヒー抽出残渣の影響については、さらなる詳細な研究が必要です。
コーヒー抽出後に残るコーヒー粉のこと。全日本コーヒー協会では2022年11月25日より「抽出後のコーヒー粉」もしくは「コーヒーグラウンズ」という呼称を提案している。
「堆肥」もしくは「堆肥にする」という意味。
微生物の力で生ごみや落ち葉などの有機物を分解・発酵させ、有機肥料をつくること。
コーヒー抽出残渣が保有する植物の生育を阻害する効果。生育阻害効果はコーヒー抽出残渣に含まれるコーヒー成分(ポリフェノール類など)が原因と考えられている。
英語では「biomass」と書く。「バイオ(bio=生物、生物資源)」と「マス(mass=量)」を組み合わせた言葉。生物が生命活動によって生成した有機物のことを指す。
目的とする作物を育てる前に、あらかじめ肥料として栽培される植物で、田畑で栽培した後、そのまま土壌にすき込まれ土壌中で分解させて肥料とする。現在ではレンゲ、クローバーなどが代表的な緑肥植物である。
炭素(C)と窒素(N)の割合。例えばC/N比が13の場合、窒素が1kgあったとすると炭素が13kg含まれることになる。土壌中で十分に分解された有機物のC/N比は10程度、新鮮な落葉は50、稲わらは70程度。