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定番をアップデートすれば、それがオリジナルになる。料理家・寺井幸也が切り拓く新しい家庭料理

Yukiya Terai

料理家/寺井幸也

インスタントコーヒーの枠を超えて本格的な味わいを目指したUCC ザ・ブレンドが提供する「THE BLEND MAGAZINE」。ここでは、自分の枠を越える価値を創造し続けている人の言葉を紹介。新たな可能性を切り拓く、独自のスタイルやこだわりに迫ります。
料理家の寺井幸也さんは、中目黒でデリ&ケータリングの専門店「YUKIYAMESHI」を運営するほか、フードスタイリングや企業の商品開発などでも幅広く活躍中。“家庭料理”を軸にしつつも、その華やかで斬新なレシピは、まさに家庭料理の枠を超えて業界内外から注目されています。
家庭料理の常識に捉われない新しいチャレンジはどのような経験やマインドから生み出されているのか、寺井さんにお話を伺いました。

料理家 / 寺井幸也

2015年より「幸也飯」としてケータリング事業をスタートし、現在は中目黒でデリ&ケータリング専門店「YUKIYAMESHI」を運営。大手企業やイベントケータリングを数多く手がけるほか、ファッション誌やWEB媒体におけるフードスタイリングやレシピ提供、現在は飲食店プロデュースや企業との商品開発など、活動の幅を広げる。
2017年には初のレシピ本「幸也飯 彩り映える おもてなしの作りおき」(辰巳出版)を出版。食を起点にした多才な活躍で業界内外から注目されている。

今につながる第一歩は、ホームパーティーでの
「ケータリングやってみれば?」のひと言

寺井さんの料理は、まずその華やかさが目を惹きますよね。
寺井幸也さん(以下、寺井):ケータリングの仕事を始める前、たまたま行った占いで「あなたは美的センス、色彩センスに長けているから、料理をやるならまずは見た目を華やかにした方がいい。味は後からついてくる」と言われたのでその言葉に従いました(笑)
寿司職人だったお祖父さまの影響もあり子どもの頃から料理をよくされていたとのことですが、料理の道に進むことは早くから決めていたんでしょうか。
寺井:「料理の道に行くんだ」と思ったことは実はないんです。20代前半まで本当にいろんなことをやって「もう料理くらいしか得意なことが残っていないから飲食をやるしかないか」と思った、という感じで。ただ飲食といってもキッチンで料理をすることにはあまり興味がなくて、接客のほうが好きでしたね。
そこからどのように料理を生業にするに至ったのでしょう?
寺井:ケータリングのきっかけになったのは、24歳で東京に出てきた頃からよくやっていたホームパーティーです。当時のパートナーがフォトグラファーで、そのつながりで家にライターさんや編集者など出版業界の方が来ることが多くて。食事をふるまっていたら「雑誌の撮影現場でケータリングやってみたら?」という話になったんです。
後日、雑誌編集者の友人から本当にケータリングの相談があり、興味本位で挑戦したのが最初でした。一度やってみたら「次の現場もお願いしたい」とまた呼んでくれて、他の知人からも頼まれるようになって、あれよあれよとケータリングの仕事が増えて……今に至ります。
飲食を生業にしている方は、お店で何年も修行してから独立するイメージがありますが、寺井さんの経歴はかなり異色に見えます。
寺井:そうですね。調理学校を出て、いくつかの飲食店で修行して、中華やフレンチなど特定のジャンルを極めて独立するのが王道の流れだと思います。
僕の場合、雑誌やCMを作る現場から声がかかることが多かったんですが、その領域のケータリングを専門にする人って当初は全然いなくて。先駆け的な存在だったので、他と比べられることもなく独自路線でやってきました。「インスタ映え」という言葉が出てきたのと僕がケータリングを始めたのがほぼ同時期。その流れにカチッとハマって伸びたのも大きかったです。

新しいのになつかしい、新しい家庭料理への挑戦

寺井さんの料理は特別な日に食べるものという印象がありますが、ジャンルとしてはあくまでも「家庭料理」なんですよね。
寺井:僕は特定のお店で修行したりひとつのカテゴリを突き詰めたりしていないので、プロではあるんですけど、本質的には家でごはんを作る主婦/主夫の方と変わらない。なので「家庭料理」というジャンルでやっていこうと最初から決めていました。
「YUKIYAMESHI」のサイトには「常識にとらわれない発想」という言葉がありますが、寺井さんの思う「家庭料理の常識」とはどういったものですか?
寺井:たとえば「きんぴら」「肉じゃが」「ほうれん草の胡麻和え」といったいわゆる“定番の家庭料理”って、型ができあがっていて、アレンジを加えたものってほとんど見ないですよね。和食に限らずオーセンティックな料理はそうですが、変わらないことが前提で、みんな新しさを求めてない。
なので僕は「胡麻和えってなんでほうれんそうでしかやらないんだろう?」「西洋野菜できんぴらを作ってもいいんじゃないか」と家庭の定番メニューを少しずつアレンジしていくことから始めました。
あえて「定番」のアップデートに挑戦したのはどうしてですか?

寺井:前提にあるのは「日本の伝統的な家庭料理がなくなってしまうよりは、少し形を変えてでも残した方がいい」という気持ちなんです。たとえば家で子どもが「またきんぴらかよ、古臭い」となるくらいだったら、見た目で「かわいい、なにこれ?」と思ってもらえて味は変わらずおいしい、なつかしい……というものにして残していけたほうがいいんじゃないかって。

見た目が華やかでもおいしくなかったら意味がないので、ケータリングを依頼してくれた友人に率直な感想を聞いて意見を反映していくことも心がけていました。

定番の味を守りつつ、見た目や素材を少しずつ変えていく。まさに“新しい家庭料理”ですね。
寺井:僕の料理やレシピ本を見て「そんなの家庭では作れないです」と言われることもありますが、アイデアは新しいかもしれないけど実はどれも家でぱっとできる簡単なものです。僕自身が元々難しいことはできないから、何日も煮込んだり特殊な調理器具を使ったりすることもないですし。
寺井さんの代名詞とも言える「カラフルな稲荷寿司」もそのような経緯でできたものなんですね。「定番料理を残したい」という気持ちはどこから来ているのでしょうか。
寺井:食べるときくらいは、なつかしいものに触れてほっとしたいじゃないですか。僕自身、パーティーによく顔を出したり女性誌の仕事をしたりと華やかに見えるかもしれないけど、本当はあまり都会が好きじゃないんです。人が多い場所も苦手だし。
地元の鹿児島にいた時から、僕自身は変わっていないということなんだろうなあ。ホームパーティーを開くのもケータリングで人にごはんを作るのも、僕の家にたむろしていた友達に食事を振る舞っていた子ども時代の延長なんですよね。

「食」の本質を知るための方向転換

寺井さんは料理それ自体もですが、「料理家」の肩書きにとどまらないお仕事の幅広さもユニークですよね。
寺井:ケータリングを始めて2年目になる頃から、仕事の幅が広がっていきました。フードのスタイリングとか、ウェブコンテンツとか、企業やブランドのアンバサダーとか。料理の仕事というより「寺井幸也」としての仕事が増えてきた。良くも悪くも「僕は料理人です!」というプライドがなかったから、いろんなお仕事をいただけたんだと思います。
ケータリングが伸びるにつれ、他の仕事も順調に増え続けたんですね。
寺井:ただ、壁にぶつかった時期もありました。ケータリングが軌道に乗ってきた頃は年間1万食以上をひとりで作っていて、料理を作ることや届けることはもちろん、予約の受付やメニュー考案、そのほかの細々とした事務作業も全部一人でやっていたので、まず休みが全然なかった。ケータリングの予約もずっと埋まっていて、80%くらいの仕事は断っていたと思います。あるとき急にそれが怖くなったんですよね。
「怖くなった」とは?
寺井:せっかく大切な日に選んでもらってるのに、量ばかり作ってとにかく「こなす」方向に行っているのが自分でもわかって「これで本当に大丈夫?」と不安を抱くようになりました。料理人としてもっと深くレベルを上げていかないと“中身すっからかん”になるぞ、と。
そこからどのように方向転換を図ったのでしょうか。
寺井:一人で捌ききれない量の仕事を抱えていたので、アシスタントをつけてケータリングの仕事を分担していきました。ケータリングのお店を作ったのも、自分がやらなくても良いことをマニュアル化して手放せるようにしていきたいと思ったからです。初期の頃は毎回違う食材を使ったりめずらしい野菜ばかり買ったりしていたんですけど、他の人も同じように作れるよう、素材もなるべく統一するようになりました。
——そうして少し余裕ができた?
寺井:はい、3年目からは土日を休みにして、遠方の農家さんを訪問して食材について知る時間を持つようにしました。いきなりデビューして売れて本も出して……という勢いでやってきた自分に対して「ちょっと落ち着こうよ」と自分でブレーキをかけたというか。見た目だけじゃなく、もっと「食とは」の深い部分を知らないといけないなと思ったんです。

食事が「ワクワクする時間」から「落ち着く時間」になってきた

「寺井幸也」のブランドを確立した今、次にどんなことをやっていきたいとお考えですか。
寺井:ここまで、「とにかく新しいことを」「自分にしかできないことを」という気持ちでずっとやってきたんですけど、最近そういった気持ちは落ち着いてきていて。よりシンプルで手間ひまがかかっていることを大事にしたいと思うようになりました。僕に対する世間のイメージは「映え」「華やか」だと思うんですけど、僕自身は今「素材の本質的なおいしさをどう引き出すか」といった部分に興味があります。
本質的な。
寺井:どんなふうに生きていくか、忙しい毎日の中で「食」をどんな時間にしていくか。そういうところを考えていくと、作るものもどんどんシンプルになってきて。見た目だけじゃなく、食材の奥にあるおいしさを感じるのが喜び……みたいな。年ですかね(笑)
そう思うようになったきっかけはあるのでしょうか。
寺井:最近渋谷に出していたお店を閉めて、時間的な余裕ができたのが大きいです。僕自身、人に料理を作る仕事をずっとしてきていながら、自分のためにゆっくりごはんを作って食べるということをあまりにもしていなさすぎた。特に仕事でたくさん料理をしていると、自分で作ったものなんか食べたくないと思っちゃうんですよ。
馬車馬みたいに働いていたのをちょっとゆるめて、自分のために時間を残せるようなスケジュールを組んだほうが、豊かな生活を築けるなと気づいて。最近それが徐々にでき始めて、料理をしている時間の気持ちも変わってきたんです。
「気持ちが変わった」とはどういうことですか?
寺井:以前は「これとこれを組み合わせたらおもしろいな」とワクワクした気持ちに動かされることが多かったんですが、今は食事を作るのが落ち着く時間になってきているというか。「ああ、きれいな大根」「火の通り方、最高……」っていうのをただぼーっと眺めたりとか。
寺井さんご自身の生活の中で「食」のあり方が変わってきた、と。
寺井:ケータリングやレシピ考案に飽きたわけでは全然なく、もちろんそれらはこれからも続けます。経験を積み重ねていかないと良いアウトプットもできませんから。ただ、僕自身にある程度の影響力が備わった今、食の本質的な部分をもっと突き詰めて、生き方や食に対する向き合い方をもっと発信していくべきなんじゃないかと。自分より若い人にも、そういう姿を見せるほうがいいんじゃないかなと今は思っています。

——UCCは「より良い世界のために、コーヒーの力を解き放つ。」をパーパスに掲げ、コーヒーの新たな可能性を追求し、今までにないコーヒーの価値創造にチャレンジしています。
寺井さんにとってコーヒーとはどのような存在ですか?

近所に週3回くらいで行く花屋さんがあるんですけど、そこで出してくれるコーヒーがすごくおいしいんですよ。それでコーヒーをよく飲むようになりました。ブラックよりもミルク入りのものが好きなので、ラテを飲むことが多いです。普段コーヒーを飲むのは朝一番、それから頭を使う仕事をするときです。レシピを書くときなんかはコーヒーを買いに行って「よし、やるぞ」というモードに切り替えます。1日2回は飲むかな。
実家で母がよくインスタントコーヒーを飲んでいたので、インスタントコーヒーには故郷を想起させるようなほっとするイメージがあります。
Photo : Teppei Daido
Text : Chihiro Bekkuya