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小さな成果を重ね、次のステップに繋がる結果を出す。漫画家・かっぴーの夢の叶え方

Kappy ComicArtist

漫画家/かっぴー

インスタントコーヒーの枠を超えて本格的な味わいを目指したUCC ザ・ブレンドが提供する「THE BLEND MAGAZINE」。ここでは、自分の枠を越える価値を創造し続けている人の言葉を紹介。新たな可能性を切り拓く、独自のスタイルやこだわりに迫ります。

今回登場いただくのは、『左ききのエレン』や『おしゃ家ソムリエおしゃ子!』を手掛ける漫画家・かっぴーさん。“Web”発の漫画家として独立してからも、その枠にとらわれずに「単行本を出す」「売上200万部」「作品をアニメ化する」などの目標を着実にクリアしてきていますが、どのように目標を定め、そこに至る道筋を描いてきたのでしょうか。かっぴーさんの仕事論とともに、クリエイターとして思い描く理想の姿についても伺いました。

漫画家/かっぴー

1985年神奈川県生まれ。株式会社なつやすみ代表。武蔵野美術大学卒業後、東急エージェンシー入社。アートディレクターを数年務めた後、面白法人カヤックにプランナーとして転職。趣味で描いた漫画『フェイスブックポリス』が一躍話題になり、2016年漫画家として独立。現在は『左ききのエレン-DOPE-』(note)『柳さんごはんですよ』(集英社)の2作品を連載中。また、複数の新連載漫画と原作版『左ききのエレン』のアニメ化も控えている。

独立は、自分の「場」をつくるための第一歩だった

会社員時代、「note」で漫画を発表して話題になり、2016年に独立。このころはいわゆる“バズ漫画”を多く描かれていたと思いますが、独立当初は漫画家としてどのような未来予想図を描いていましたか。
かっぴー:当時よく言われていたのが「すごいチャレンジだね」みたいなことで。会社員の立ち位置を捨てて、食えるかどうかわからない漫画家に……というのが、どうしても“ギャンブル”的にとらえられていたように思います。でも僕自身すごく計算していたというか、最終的に「ダメだったら会社員に戻ろう」と思っていたのも大きいのですが、それ以上に「SNS漫画の需要はしばらく続く」と予想していました。
TwitterなどのSNSでサクっと読めて面白く、シェアしたくなる「バズ漫画」のバブルはあと3~5年くらいは続くだろうと予測していて、その波にうまく乗れている間に自分の“代表作”をひとつ作れたら、漫画家としてやっていけるのではと考えていたんです。
2016年に「note」でスタートしたギャグ漫画『フェイスブックポリス』。
インターネット上で話題となり、後に『SNSポリス』として単行本化、アニメ化。
実際にコンテンツ配信サイト「cakes(ケイクス)」で連載されていた『左ききのエレン』は多くの読者を獲得し、今ではかっぴーさんの代表作として知られていますね。
かっぴー:『左ききのエレン』は連載を通じてたくさんの読者を獲得できたし、純粋なフォロワー数だけでない、自分自身の媒体としての力みたいなものをある程度確立できたのかなと思っています。
2015年に連載を開始した『左ききのエレン』は、大手広告代理店に勤める駆け出しのデザイナー・朝倉光一を主人公とした群像劇。
「cakes」で連載され話題を呼んだ。
独立したときから、バズ漫画のバブルが去った後に備えて、自分が本当に言いたいことを言える「場」のようなものを作りたいなという思いがありました。元々描いていた『SNSポリス』や『おしゃ家ソムリエおしゃ子!』みたいなギャグ漫画も僕は大好きなんです。ただ、『左ききのエレン』のようなシリアスなストーリーものも描いてみてわかったのが、ウケる作品とファンがつく作品は違うんだ、ということでした。
SNSで流れてきたときに、ギャグ漫画は「いいね!」やシェアはされやすい。でも続きを読みたい、フォローしたいと思われる作品はまたベクトルが違うんです。
「場」というのは、かっぴーさんの作品や思いを発信できる場所のことですか?今漫画を掲載されているnoteのような……。
かっぴー:まさにそうですね。『左ききのエレン』はcakesで連載をしていましたが、2022年にcakesのクローズが決まり、発信の場がなくなることになって。「ここが正念場だぞ」と思いました。cakesがなくなることで「エレン」の読者が離れていったら、それは僕ではなくてcakesが「場」だったということなんですよね。でも逆に、自分自身のメディアであるnoteに移転してうまくいったら、「エレン」が場としての力をしっかり持っているということ。
自分と作品の力を試される事態にはなりましたが、結果としてはcakesの頃と比べて収益は伸びていますし、媒体が変わっても読者が離れずについてきてくれて、エレンという作品で「場」を再現できたのは自信につながる出来事でした。

高すぎる場所ではなく、ぎりぎり手が届きそうなところに目標を定める

かっぴーさんは都度「単行本を出す」「200万部売る」「アニメ化」といった目標を掲げ、またそれを着実にクリアしてきています。目標はどのようにして決めているのでしょうか。
かっぴー:僕は元々広告代理店にいたのですが、例えばコンペで難しい案件を獲得したとしますよね。そういうときに「いや、これはすごいぞ。競合が7社もいて、しかも僕はまだ27歳なのに……」って、数字などの客観的な状況から自分をほめるのが当時から好きで(笑)。昔からそうして自分を誇りに思えるところを探していたし、それがモチベーションの源泉だったような気がします。だから「どのくらいの数字や結果ならすごいのか、世の中に誇れるか」から逆算して目標を決めていますね。
具体的な数字になるとわかりやすいですね。『左ききのエレン』でも「夢みてるやつが10万人いたとして、残るやつは10人がいいところ」というセリフがありますし。
かっぴー:そうそう。例えば『左ききのエレン』は、「ジャンプ+」で連載していたリメイク版と原作版(※)で累計200万部を目標としていました。100万部突破でも業界として十分にすごい数字ですが、「200万部」のラインをクリアしている作品となると極端に減るんです。ですが僕がずっと大好きなある漫画の発行部数も200万部で、この数字なら「無理に自分の作風を変えてウケを狙わなくてもいけそう」というラインかなと判断しました。
数千万部の国民的ヒットを出したいなら今のテーマはおそらく合わないし、それは自分の描きたいことじゃない。そう考えて「じゃあ200万部をめざそう」と決めたんです。
(※)『左ききのエレン』はかっぴーさんが作画を務める「原作版」と、原作を担当した「リメイク版」(漫画:nifuni)の2種類がある
「達成すると世の中に誇れて、かつ自分の実力や立ち位置でぎりぎり叶いそう」というのがかっぴーさんの目標設定のポイントなんですね。

かっぴー:「高い目標を作れ」ってよく言われますけど、高すぎる目標って“ブレやすい”んですよ。僕の場合だと、読者を増やすために本来描きたかったものとは違う方向に路線変更するとか。「そのために漫画家になったんだっけ?」みたいな……。自分の場所で自分の言いたいことを伝えて、それを聞いてくれる人が一定数いる、そんな生活が僕はしたかった。だからむやみに高い目標は必要ないと思っています。

目標が適切かどうかの評価はどのようにされていますか?「無理かも」と思ったことはありますか。

かっぴー:200万部は無理かもしれないと思った時期はあります。「このペースだと、最終的には100万部がいいところだな」と思って、途中でしれっと目標を下方修正しました(笑)。

目標を達成するために、テコ入れみたいなことはしなかったんですか?

かっぴー:してないですね。本当に自分に甘いなとは思うんですけど、やっぱり「自分が描きたいことを描いて伝えたい」という思いが強いので、もし達成できないとしたら「目標のほうが間違ってたのかも」って思っちゃうんですよ。
ただ結果的に『左ききのエレン』はドラマ化などの効果もあって110万部、115万部……と少しずつ部数が伸びていきました。リメイク版の最終回が配信された日には、その影響で原作版電子書籍のダウンロード数も一気に33万部まで伸びました。この数字は、TVアニメ放映期間中の『呪術廻戦』の勢いとほとんど同じなんですって!

ここでも「どれだけスゴいかを伝える材料」が!

かっぴー:(笑)。『呪術廻戦』はそれをアニメ放映中ずっとキープしていたので、さらにスゴいんですけど……。でも、最大瞬間風速でも並んだというのはただただうれしかったし、人生でもそんなにない「飛び上がって喜ぶ」っていうのをやっちゃいました。累計200万部もその勢いであっという間にクリアして、さらに2023年4月には300万部を突破しました。

人との出会いは制御できないが、自分の居場所は変えられる

かっぴーさんを仕事やプライベートの面でマネジメントしてきた存在としても知られるのが「株式会社ナンバーナイン」の小林琢磨さんです。小林さんは元々『左ききのエレン』の読者というご縁だそうですが、目標へ向かって走るためのサポートをしてくれる人との出会いの重要さについてはどう感じていますか。
かっぴー:小林さんの場合は特殊なんですけどね(笑)。でも、仕事や会社ってほぼ“人”だと思っています。すごく優秀で、もっといい会社に行けそうなのにそうしない人に話を聞くと、その理由は「人」にあることも多いですし、出会いだけはコントロールできない運次第な部分もあるので、希少なものだと思いますよ。
自分を成長させてくれる人や、目標達成に向けて伴走してくれる人と出会えるかどうかも運次第……。少しでも可能性を上げる方法はないのでしょうか。
かっぴー:やっぱり、結果を出し続けることかなと思います。アメリカの起業家ジム・ローンの言葉で「周りの人間5人の平均値が自分」という話もありますが、それに近い話で……。結果を出した人のところに人は集まるし、その集団の中で自分が頭一つ抜けてくると、また一段階高いレベルの人が集まってくるんですよ。
ただ早まらないでいたいのは、「いきなり大きな結果を出そうとする」とか「いきなりいいポジションにつこうとする」みたいなことで。特に若いときには「熱意なら負けません!」と手を挙げてしまいがちですが、結果が伴っていないと信用にはつながらないですし、そういう人のところには仕事も集まりません。小さくても成果をしっかりと積み上げていくほうが、レベルはどんどん上がるし、自分のいる場所もどんどん高いところになっていくんじゃないかな。

「できる」というタイミングを見逃さずに、結果を積み重ねる

目標の設定と達成への道筋についてお聞きしてきましたが、目標に向かって走り続けられる人とそうでない人を分けるのは、どのような要素だと思いますか。
かっぴー:いろいろあるけど……。やっぱり、目標の設定が大きいかなと思います。僕は独立したときもそうでしたが「たぶんできる」と思ったことにしか挑戦しないんですよ。ある程度の見通しが立っていて、「時間をかければできる」「このタイミングならできる」と思えたことにチャレンジしていくことのほうが多いし、逆に「できる見込みがあるのにやらない」ということがないんです。
自分を客観視する力が必要ですよね。
かっぴー:そうかもしれません。でも周囲の後輩などに対しても「コイツは売れるな」というのがすごく早い段階でわかることが多くて、これはもしかしたら僕の一つの才能なのかも(笑)。
今後の仕事について、新たな目標はありますか。

かっぴー:今、僕のなかでは「かっぴーにドラマの脚本をやらせたい」と考えているんです。NETFLIXとかのね。でも、まだ脚本家の候補として選択肢に入るほどの人物にはなれていないのが現状で、じゃあなんでかっぴーが挙がらないのか? 挙がったとしても「ナシ」になっているのはなぜか? と、今どこかで行われているであろう次のドラマの会議を想像して、そのテーブルに名前を挙げさせるためには何が必要なのかを考えています。

クリエイターというと、「苦労してこそ良いものがつくれる」というような考え方も根強い気がしますが、かっぴーさんはいかがですか。
かっぴー:お金がないとか、寝ていないとか、「基本的な生活」を後回しにするのは表現者にとっても「やっている感」を出せて楽なんだとは思います。ただ、僕はその価値観をアップデートしたい。すごく困窮していてバイトでなんとか食いつないでいるような状態で、本当に表現に集中できるのか疑問だし、睡眠時間にしても僕は「睡眠」を仕事のスケジュールの一部としてとらえているほどで、衣食住をきちんと整えた上で創作に取り組めるのがいいなと思っています。
少し無理をすれば、その瞬間だけ自分のパフォーマンスを120%にできるかもしれません。でも、それをやると家族や周囲の人にも仕事の負担がかかってしまう。そうなるといずれはパフォーマンスもガタっと落ちてしまう。だから、僕自身も周囲の人も満足していて幸福な状態をベストとして、仕事には向き合うようにしています。無理はしないですね。
かっぴーさんのSNSを見ていると、家族で出かけたりもよくされていますよね。プライベートも充実している印象です。

かっぴー:めっちゃ暇なヤツだと思われてるんじゃないかな(笑)。でも、仕事もすごくやってるんですよ。例えば、翌日仕事があるけど、奥さんに「明日ランチに行こう」と誘われたら、僕は朝4時に起きてお昼までに仕事を終わらせます。他の人はきっと「明日は仕事があるからゴメン」と断ると思うんですよ。でも僕は奥さんと一緒にランチに行きたいし、そのほうが家族の幸福度も上がる。頑張るベクトルがそちらを向いているだけなんです。

生活の質と作品の質は反比例すると思っている人がまだまだ多いですが、きっとそんなことはなくて。頑張ればそれだけ報われる仕事であってほしいし、漫画を読んでくれる人やクリエイターを目指す人にも、つらいだけの仕事だと思わせたくないから、僕は生活も表現も、両方の質を追求していきたいですね。

UCCは「より良い世界のために、コーヒーの力を解き放つ。」をパーパスに掲げ、コーヒーの新たな可能性を追求し、今までにないコーヒーの価値創造にチャレンジしています。
かっぴーさんにとってコーヒーとはどのような存在ですか?

コーヒーは毎日飲んでいます。苦味が引き立っているものが好きですが、産地や品種にこだわりはなく、近所のコーヒースタンドやコンビニで買ってくることが多いです。
旅先で飲むコーヒーも好きです。非日常の場所でも「コーヒーを飲む」という日常の行為が、いつもの感覚を取り戻すルーティンになっています。
Photo : Yuji Ueno
Text : Mai Todo