学術発表

コーヒーに含まれるアクリルアミドの低減化について報告

第64回日本生物工学会大会、第24回国際コーヒー科学会議(ASIC)にて発表

UCC上島珈琲株式会社は、コーヒー豆に含まれるアクリルアミドの低減方法について研究しました。この研究成果は第64回日本生物工学会大会(2012年10月23日~26日/神戸国際会議場)、および第24回国際コーヒー科学会議(ASIC)(2012年11月11日~16日/Ramada Plaza Herradura / コスタリカ サンホセ)にてそれぞれ口頭発表しています。

発表年月日(日本生物工学会)2012.10.24 (ASIC)2012.11.12
英文標題Development of Acrylamide-Free Ready-to-Drink Coffee by Aspergillus oryzae
和文標題麹菌(Aspergillus oryzae)によるアクリルアミドフリーのコーヒー飲料の開発
著者名岩井和也、福永泰司、成田優作、中桐理(UCC上島珈琲 R&Dセンター)、坪井宏和、坊垣隆之(大関株式会社 総合研究所)、佐野元昭、尾関健二(金沢工業大学ゲノム生物工学研究所)
概要(学会発表要旨)本研究では、アクリルアミドフリーのコーヒー飲料の開発を目的に、セルフクローニング株のコーヒー抽出液のアクリルアミド低減効果の確認およびコーヒー抽出液の評価を行った。YPD培地でセルフクローニング株を培養し、菌体を洗浄後、コーヒー抽出液中に添加し菌体内アミダーゼ活性とアクリルアミド分解活性を評価した。10ppm濃度に調製したコーヒー抽出液のアクリルアミドは、セルフクローニング株による処理で6時間後には消失した。麹菌処理後のコーヒー抽出液に含まれるカフェイン、クロロゲン酸類、有機酸類は、コントロールと比較しやや減少する傾向を示した。GC-MSによる香気成分分析では、麹菌処理コーヒーはワインや日本酒などの香気の構成成分である1-プロパノール、酢酸エチル、2-メチル-1-ブタノール、イソブチルアルコール、イソアミルアルコールの濃度がコントロールと比較し著しく増加した。また、訓練パネリストによる官能検査の結果、麹菌処理コーヒーは日本酒様、花様の香りを持つと評価された。

研究の背景、目的

アクリルアミドとは

アクリルアミドとは、糖とたんぱく質の中のアスパラギンと呼ばれるアミノ酸が、加熱されたときに生成する物質です。アクリルアミドは世界保健機関(WHO)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)によって、「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と分類されている化合物で、2005年には、国際連合食糧農業機関(FAO)とWHOからなる合同委員会が「食品中のアクリルアミドは健康に害を与える恐れがあり、含有量を減らすべき」という勧告を発しました。図1は、日常的に摂取している食品中のアクリルアミドを表していますが、やはり糖とたんぱく質の含まれる食品を揚げる・焼くなどの加熱方法で調理した食品に多く含まれています。コーヒー豆は比較的アクリルアミドの含有量が少ないものの、一日の摂取頻度が高いのが特徴です。同じ製品でも原料や加工条件等々の違いにより、アクリルアミドの含有量には大きな変動があり、また伝統的に食べられてきた食品も多く、どの程度体への悪影響があるのかも不明な点が多いといわれています。

図1. 食品に含まれるアクリルアミド (国立医薬品食品衛生研究所食品部のデータから抜粋)

コーヒーは常識的な飲用であれば、がん予防効果があるということは医学的に明白であり、アクリルアミドがコーヒーに入っているからといってコーヒーには発がん性があると決めつけることはできません。国立がん研究センターでは、コーヒー飲用はがん発症のリスクを上げず、肝臓がんの発症リスクを確実に下げると判定しています。
ただし、食品中のアクリルアミドはどの程度体への悪影響があるのか不明な点が多いものの、例え微量であったとしても健康に影響を及ぼす可能性は否定できません。この両方の考え方がある事を踏まえたうえで、研究を進めています。
一方で日本の伝統的な発酵食品に使用される麹(こうじ)菌がアクリルアミドを分解・代謝することが知られており、我々は、麹菌のアクリルアミド低減能力をコントロールできるかどうか、およびコーヒー飲料の生産へ応用できるかどうかを確かめることを目的に研究を進めました。

研究概要

1)麹菌によるコーヒー抽出液のアクリルアミド低減試験

まず研究において、麹菌はアクリルアミド分解能力が高まった特別な菌株(セルフクローニング株)を使用しました。
次に麹菌をどのようにコーヒーに作用させるか検討を行ったところ、予め担体に麹菌を生育させるとアクリルアミドを分解するアミダーゼの酵素活性が高いことがわかりました。そこでセルロース繊維を担体とし、これに麹菌を生育させ、これをコーヒー抽出液に一定時間添加、その後麹菌を回収する方法を考案しました。担体上に生育した菌糸は図2のようになります。これを、抽出したコーヒーに添加し、35℃で反応させました。反応前を0時間とし、1、3、6、16時間後にコーヒーを採取して、そのコーヒーの評価を行いました。
図3は麹菌処理の時間とコーヒー中のアクリルアミド量の変化をみたものです。市販の無糖ブラック缶コーヒー程度の濃度のコーヒーで実験したところ、麹菌を添加するとアクリルアミドは約84%分解しました。コーヒーの濃度や麹菌の添加量によってアクリルアミド分解のスピードは異なってくることもわかりました。

図2. 実験に使用した麹菌
図3.麹菌のコーヒー抽出液に対するアクリルアミド低減効果

2)麹菌処理後のコーヒーの品質

麹菌の添加に伴ってコーヒー中の成分がどう変化したかを分析しました。麹菌を16時間添加したコーヒーは、カフェイン、ポリフェノール(クロロゲン酸類)が15%程度減少しました。有機酸はコーヒーの味覚に大きく影響を及ぼしますが、6%程度の減少に留まりました。
コーヒーに含まれる代表的な香気成分(50種類)を測定した中では、特に1-プロパノール(15.5倍)、酢酸エチル(9倍)、2-メチル-1-ブタノール(8.7倍)が増加しました(図4)。一般的にこのようなアルコール類、エステル類とよばれる香気成分は主として「アルコール様」「フルーツ様」「甘い香り」といった香気であり、コーヒーにももともと入っているものですが、麹菌処理により著しくそれらの含有量が増加したため、これら香気物質は麹菌の作用によりコーヒー中に新たに放出されたものと考えられます。

3)味覚評価

実際にパネリストが麹菌処理したコーヒーを飲み、味覚を評価しました。その結果、麹菌処理することによって「花のような香り」が増加する傾向にあり、麹菌の処理時間が長くなるほど苦味、濃厚感の評点が低くなり、パネリストは軽い風味のコーヒーとして評価しました(図5)。また、「日本酒や甘酒を連想させる香り」「アルコールを感じる香り」があると回答しました。麹菌処理後のコーヒーにはアルコール類、エステル類などが増加していたため、これらの成分が味覚評価に影響を与えたと考えられます。この実験結果より、麹菌の処理時間や添加量などを調節することによって、香気成分や味覚をコントロールしながら、コーヒーの製品開発ができると考えられました。

まとめ

コーヒー抽出液に含まれるアクリルアミドは、麹菌の投入量や時間に依存するものの、麹菌処理によって約84%低減できました。処理されたコーヒーのカフェイン、有機酸、ポリフェノール含有量は僅かに減少しましたが、香気成分(アルコールやエステル類)が処理前と比較して著しく増加しました。また、処理されたコーヒーは「花のような香り」「日本酒を連想させる香り」を持っており、苦味や濃厚感の少ない軽い風味のコーヒーとして評価されました。これは機器分析の結果とも一致しています。今後、麹菌処理する時間、温度、麹菌投入量など、効率よくアクリルアミドを低減しつつ特徴的な風味を生かせる条件を検討していきたいと考えています。

用語解説

1)セルフクローニング株

同じ種の生物同士の遺伝子を組み込んだ組み替え体のこと。異なる種の生物由来の遺伝子を導入していないことから、いわゆる「遺伝子組み換え体」ではないとされている。しかし、実際にセルフクローニング株を食品製造に使用する場合は、その微生物がセルフクローニングに該当するかを含め、内閣府食品安全委員会で審議されていることが必要である。

2)担体

他の物質を固定する土台となる物質のこと。本研究ではセルロース繊維が用いられた。

3)パネリスト

官能評価(味覚評価)を実施するときの評価者。評価者には研究の目的にあった評価を行う人を選ぶ必要があり、この選ばれた人達の集団をパネル(個人をパネリスト)という。