学術発表
UCC上島珈琲株式会社は、コーヒー豆に含まれるクロロゲン酸類の糖質分解酵素阻害活性への寄与について研究しました。この成果は日本食品科学工学会誌に掲載されています。
英文標題 | In vitro Studies on Amylolytic Enzymes(α-Glucosidase and α-Amylase)Inhibitory Activities of the Extract Decaffeinated Green Coffee Beans and Chlorogenic acids Contribution. |
---|---|
和文標題 | 脱カフェインコーヒー豆抽出物の糖質分解酵素阻害活性とクロロゲン酸類の寄与 |
著者名 | 紙谷雄志、岩井和也、福永泰司、木村良太郎、中桐理(UCC上島珈琲 R&Dセンター) |
資料名 | 日本食品科学工学会誌 |
巻号ページ(発行年月日) | 第56巻、6号、p336-p342(2009) |
概要(学会発表要旨 | クロロゲン酸類は一般的に植物界に広く存在するポリフェノールであり、桂皮酸誘導体(カフェ酸、フェルラ酸等)とキナ酸のエステル化合物の総称である。コーヒー生豆はカフェオイルキナ酸(CQA)、フェルロイルキナ酸(FQA)、ジカフェオイルキナ酸(diCQA)などのクロロゲン酸類を多く含む食品として知られている。 近年、これらクロロゲン酸類の生理活性として血糖値上昇抑制作用、血圧改善作用、抗発癌作用、抗酸化作用などが多数報告されており、その機能性が着目されている。特に糖質分解酵素(α-グルコシダーゼ、α-アミラーゼ)阻害による血糖値上昇抑制作用に関しては、ヤーコン、エンサイ、さつまいも(すいおう)、プロポリス抽出物の関与成分として、クロロゲン酸異性体の寄与が示唆されている。一方、コーヒーは2型糖尿病を予防するといった報告があり、焙煎コーヒー豆の熱水抽出物およびクロロゲン酸などの糖質分解酵素阻害活性が研究されている。しかし、コーヒー豆抽出物に含まれるクロロゲン酸異性体の阻害活性に対する総合的な寄与については未だ報告されていない。 そこで本報告では、超臨界抽出によりデカフェ処理したコーヒー豆抽出物の糖質分解酵素阻害について、8種類のクロロゲン酸異性体に着目した阻害活性への寄与を評価した。また、健康食品素材を開発する検証の一環として、コーヒー豆抽出物のラットにおける血糖値上昇抑制試験についても併せて報告する。 |
デンプンや砂糖などの糖質を摂取すると、体内の消化器官でα-アミラーゼ、スクラーゼ、マルターゼといった酵素によって分解されます。酵素によってばらばらになったブドウ糖や果糖などは小腸から吸収されて、血流に乗って全身に運ばれます。このとき膵臓からインスリンというホルモンが分泌され、インスリンの働きによって糖が骨格筋細胞に取り込まれ、エネルギーになります。余った糖の一部は肝臓内でグリコーゲンとして貯蔵、更に一部は脂肪組織で脂肪へと形を変えて蓄積されます。
近年、血糖値が高い人が急速に増えてきています。厚生労働省が行なった平成18年の国民健康・栄養調査結果によると、「糖尿病が強く疑われる人」は約820万人、「糖尿病の可能性が否定できない人」は約1050万人、合わせて「糖尿病の可能性がある人」は約1870万人と推計されています。
糖尿病では、膵臓からのインスリン分泌が正常に行われなかったり、働きが悪くなったりしているために、吸収された糖が体内に取り込まれ難くなっています。血糖値が高い状態が続くと血管は大きなダメージを受け続け、高血圧、動脈硬化、脳卒中、心臓疾患など、様々な合併症を併発しやすくなります。
逆に、食後血糖値が急激に上がらないように気をつければ、インスリンを分泌する膵臓に負担をかけることなく、糖尿病の予防にもつながるといわれています。
近年、コーヒーの飲用と糖尿病発症について、欧米や日本で盛んに研究されるようになってきました。特に、コーヒーの飲用習慣が糖尿病の発症リスクを下げるとの学説が注目を集めています。
UCCでは、コーヒーに含まれているポリフェノール(クロロゲン酸類)が糖質の吸収に関与しているのではないかと推測し、まずコーヒー生豆を超臨界流体二酸化炭素で脱脂、脱カフェイン処理し、その後アルコールでクロロゲン酸類を抽出した脱カフェインコーヒー生豆抽出物を開発しました。この脱カフェインコーヒー生豆抽出物にはクロロゲン酸類が約40%含まれています。
クロロゲン酸類とは、植物界に広く存在するポリフェノールですが、コーヒー生豆にはクロロゲン酸類が5%~10%と、とりわけ多く含まれています。コーヒー生豆に含まれる主なクロロゲン酸類はカフェオイルキナ酸(CQA)、フェルロイルキナ酸(FQA)、ジカフェオイルキナ酸(diCQA) の3つで、異性体を含めると60種類以上にもなります。
本研究では、この脱カフェインコーヒー生豆抽出物と糖質分解酵素について、またその主成分であるクロロゲン酸異性体の寄与、さらにラットによる糖質負荷後の血糖値上昇抑制作用について研究しました。
クロロゲン酸類を含む脱カフェイン生コーヒー豆抽出物は、糖質分解酵素であるマルターゼ、スクラーゼおよびα-アミラーゼに対して濃度依存的に酵素活性を阻害する効果を示しました。これはα-GIと呼ばれる経口糖尿病薬(アカルボース、ボグリボースなど)と同様の作用機序を示すものです。
また脱カフェイン生コーヒー豆抽出物中の主な活性成分はカフェオイルキナ酸(CQA)、フェルロイルキナ酸(FQA)、ジカフェオイルキナ酸(diCQA)で、FQA<CQA<diCQAの順に強い活性を示しました。
7週齢のラットに対し、スクロース(2g/kg)と共に脱カフェイン生コーヒー豆抽出物(167mg/kg、500mg/kg、1500mg/kg)を経口投与し、一定時間ごとに血糖値を測定しました。脱カフェイン生コーヒー豆抽出物は、用量依存的に投与30分後の血糖値の上昇を有意に抑制することがわかりました。
また、マルトース(2g/kg)と共に脱カフェイン生コーヒー豆抽出物(500mg/kg)を投与し、同様に試験を行ったところ、投与30分後、60分後の血糖値の上昇を有意に抑制しました。これらは脱カフェイン生コーヒー豆抽出物に含まれるクロロゲン酸類の糖質分解酵素の阻害作用による結果と思われます。
血糖値が高い人は、α-GIと呼ばれる経口糖尿病薬(アカルボース、ボグリボースなど)を服用するケースがあります。α-GIと脱カフェイン生コーヒー豆抽出物を同時に摂取したとき、一時的な低血糖が起こらないよう、安全面について充分考慮しておく必要があります。そこで、経口糖尿病薬と脱カフェイン生コーヒー豆抽出物が同時に存在する条件において、マルターゼ、スクラーゼおよびα-アミラーゼの酵素阻害について検討しました。
経口糖尿病薬が50%程度の酵素阻害を示す濃度において、脱カフェイン生コーヒー豆抽出物を添加していくと、濃度に応じて阻害活性は上昇していきましたが、急激な変化はありませんでした。また経口糖尿病薬が高濃度で存在するとき、脱カフェイン生コーヒー豆抽出物を添加しても大きな変化はなかったことから、脱カフェイン生コーヒー豆抽出物はα-GIが存在しても相乗的に強い効果を示さず、補足的に作用することがわかりました。
クロロゲン酸類を豊富に含む脱カフェイン生コーヒー豆抽出物は、糖質分解酵素であるマルターゼ、スクラーゼおよびα-アミラーゼに対して濃度依存的に酵素活性を阻害する効果を示し、動物実験でも糖を投与した後の血糖値を有意に抑制しました。これはα-GIと呼ばれる経口糖尿病薬(アカルボース、ボグリボースなど)と同様の作用機序を示すものです。
コーヒー生豆抽出物と糖尿病治療薬(アカルボース、ボグリボース)を共に飲用した場合の低血糖等の副作用を考慮して、両者を共存したモデルを作りその効果を確認しました。両者は相加的な効果を示すものの、相乗的な効果は見られませんでした。これは、共に飲用しても一時的な低血糖など副作用を示しにくいことを意味します。
以上により、コーヒー生豆抽出物は、糖尿病予防効果のある健康食品素材として応用できる可能性が示唆され、飲料、レギュラーコーヒー、インスタントコーヒーなどでクロロゲン酸類を強化した製品開発への応用が可能です。
ホルモンの一種。ブドウ糖が小腸から血液中に吸収されてくると膵臓から分泌され、ブドウ糖を筋肉や体のさまざまな臓器の細胞に移動させ、血糖値を常に一定にしようする役割を持つ。
二酸化炭素に温度と圧力をかけ、臨界点とよばれる気体と液体が共存できる限界の温度・圧力(31.1 ℃、7.38MPa)に達すると、液体と気体の区別がつかなくなる状態になり、この臨界点を超えた状態を超臨界流体と呼ぶ。
超臨界流体は、どこにでも忍び込む気体の性質(拡散性)と、成分を溶かし出す液体の性質(溶解性)の両方の性質を持ち、工業的にはコーヒー豆の脱カフェインなどに使用される。
分子式は同じだが、構造の異なる化合物。クロロゲン酸(5-CQA)の分子式はC16H18O9だがコーヒー生豆には同じ分子式で構造が少しずつ異なるクロロゲン酸異性体が多数含まれる。
血糖値が低くなりすぎてしまう症状。極度に食事を取らなかった時や、糖尿病の薬を飲みすぎた場合、低血糖症を引き起こしやすい。大量の冷や汗、顔面蒼白、動悸、手足のふるえ、意識消失を起こす場合がある。