学術発表

味覚センサを用いて新たに特定したコーヒーの苦味物質について報告

第27回国際コーヒー科学会議(ASIC)にて発表、Food Chemistryに掲載

UCC上島珈琲株式会社は、九州大学、株式会社インテリジェントセンサーテクノロジーと共同で、味覚センサに応答するコーヒー中の苦味物質について研究を行いました。この研究成果は、第27回国際コーヒー科学会議(ASIC)(2018年9月17日~9月20日 オレゴンコンベンションセンター/アメリカ オレゴン州)にて口頭発表しています。また、Food Chemistry(2021年4月16日)に掲載されました。

発表年月日(学会発表)2018.9.18 (論文掲載)2021.4.16
英文標題(学会)Investigation of bitter substances in coffee brews responding to taste sensor (論文)Bitterness compounds in coffee brew measured by analytical instruments and taste sensing system
和文標題味覚センサと分析機器を用いたコーヒーに含まれる苦味物質の探索
著者名藤本浩史、成田優作、岩井和也、半澤拓、小林司、垣内美紗子、有木真吾、福永泰司(UCC上島珈琲株式会社)
巫霄、三宅一成、田原祐助、都甲潔(九州大学)
池崎秀和(株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー)
資料名(論文)Food Chemistry, 2021, 342, 128228
抄録【背景・目的】
苦味はコーヒーの味わいに大きく影響する呈味の一つである。コーヒーの苦味に寄与する成分として、これまでカフェインやトリゴネリンが注目されてきた。しかしながら、コーヒーに含まれる成分は香気成分だけで800種以上報告されており、呈味物質となれば、それ以上の数が含まれると予想され、他にも知られていない苦味物質があると考えられる。
ヒトの官能評価試験の場合、複合的に味をとらえるため、強度の弱い呈味についてはマスキングされ、捉えられない可能性もある。また環境的、心理的要因に左右され、再現性が取れた評価が難しい場合もある。味覚センサは各呈味に対応する独立したセンサがあり、各呈味を個別にとらえることが出来る。またヒトによる官能評価試験より再現よく各呈味を評価できると考えられる。
本研究では、これらの利点を持つ味覚センサと、各種分析機器を用いて、コーヒーに含まれる苦味物質を探索することを目的とした。

【方法】
焙煎度の異なるブラジル産のコーヒー豆を抽出することでコーヒー抽出液を得た。有機溶媒を用いた液-液抽出により、コーヒー抽出液を極性毎に4つの画分に分画した後、各画分の苦味応答値を味覚センサにより分析した。 液体クロマトグラフータンデム質量分析計(LC-MS/MS)液体クロマトグラフーフォトダイオードアレイ検出器(LC-PDA)液体クロマトグラフー紫外可視光検出器(LC-UV)により、各画分に含まれる物質について相対定量を行った。味覚センサ、LC-MS/MS、LC-PDA、LC-UVから得られた結果をPLS(Projection to latent structures)回帰分析に供し、コーヒーに含まれる苦味物質を探索した。

【結果】
PLS回帰分析の結果、ニコチン酸L-乳酸ニコチン酸アミドビニルカテコールオリゴマーフェルロイルキナ酸ラクトンがコーヒーの苦味物質候補として挙げられた。 ニコチン酸、L-乳酸、ニコチン酸アミドを添加したコーヒーを味覚センサで分析したところ、添加前のコーヒーよりも苦味応答値が増加した。
本技術を用いて各呈味についても研究を進めることで、コーヒーの複雑な味わいのさらなる解明が期待される。

研究の背景、目的

コーヒーの苦味

苦味はコーヒーの特徴でもある呈味の1種です。これまでカフェインがコーヒーの主な苦味物質として知られていました。しかし、カフェインレスコーヒーにも苦味はあることから、カフェインだけではなく、複数の物質によりコーヒーの苦味は形成されていると考えられます。一方で、コーヒーに含まれる化合物は香気成分だけで800種以上報告されています。呈味物質となれば、それ以上の数が存在すると予想され、まだ知られていない苦味物質があると考えられます。

味覚センサ

味覚センサとは、ヒトの五感の一つである味覚の代わりとなる装置です。客観的な味の可視化が可能なことから、製品の比較、品質管理等、食品業界では広く使用されています。九州大学と株式会社インテリジェントセンサーテクノロジーが開発した「人工脂質膜型味覚センサ」は様々な呈味物質に対して応答します。

図1. 人工脂質膜型味覚センサ

食品ではヒトによる官能評価試験が一般的に行われます。しかし、ヒトによる官能評価試験では複数の味を同時に体験した状態で評価を行うため、特定の味を正確に評価することは難しいと考えられます。また、環境的、心理的要因に左右され、再現性が取れた評価をすることが困難です。一方で、味覚センサでは各呈味に対応する独立したセンサがあり、それぞれの味を独立して評価することができます。また、ヒトより再現よく評価できると考えられます。

本研究では、味覚センサを用いてコーヒーの苦味の強さを測定し、また同時に分析機器を用いてコーヒーに含まれる物質について相対定量を行うことで、コーヒーの苦味に強く寄与している物質を探索いたしました。

研究概要

1.コーヒーに含まれる苦味物質の探索

異なる焙煎度のブラジル産アラビカ種の豆からコーヒー抽出液を得ました。得られたコーヒー抽出液を有機溶媒による液-液分画により、4つの画分に分けました。

図2. コーヒー抽出物の分画

味覚センサ、液体クロマトグラフータンデム質量分析計(LC-MS/MS)液体クロマトグラフーフォトダイオードアレイ検出器(LC-PDA)液体クロマトグラフー紫外可視光検出器(LC-UV)を使用し、それぞれの画分について苦味応答値と、含まれている物質について相対定量値を算出しました。苦味応答値と含まれている物質の量をPLS(Projection to latent structures)回帰分析に供したところ、コーヒーに含まれるニコチン酸L-乳酸ニコチン酸アミド、またビニルカテコールオリゴマー(VCOs)フェルロイルキナ酸ラクトン(FQLs)の一種が味覚センサの苦味応答値に強く寄与していることが明らかとなりました。

図3. PLS回帰分析

*:PLS回帰分析において、モデルの予測性能に対する寄与を表す。VIP値が大きいものほどモデルに貢献しているとされ、一般に1以上が予測性能への貢献度が高いとされる。

2.ニコチン酸、L-乳酸、ニコチン酸アミドの添加実験

ニコチン酸L-乳酸ニコチン酸アミドを添加したコーヒーを味覚センサで分析し、苦味応答値が増加するか検証を行いました。ニコチン酸、L-乳酸、ニコチン酸アミドを添加することで、味覚センサの苦味応答値が増加することを確認いたしました。

図4. コーヒーの苦味応答値の変化

まとめ

本研究では、コーヒーの特徴的な呈味である「苦味」に着目し、味覚センサを活用することで、今までコーヒーの苦味として知られていなかった、ニコチン酸L-乳酸ニコチン酸アミドがの苦味に寄与していることを明らかにしました。
コーヒーの苦味は非常に複雑で種類も多いためまだ明らかになっていないことが多いですが、本法を活用することでコーヒーの苦味についての解明が進むことが期待されます。また、他の呈味についても同様の実験を行うことが可能であり、本技術を用いて各呈味についても研究を進めることで、コーヒーの複雑な味わいのさらなる解明が期待されます。
今回得られた知見を活用することで、多様化するコーヒー市場において、コーヒーの味に関するお客様の幅広いニーズにも将来的に応えられると考えています。

用語解説

1)液体クロマトグラフータンデム質量分析計(LC-MS/MS)、LC-PDA(液体クロマトグラフーフォトダイオードアレイ検出器)、LC-UV(液体クロマトグラフー紫外可視光検出器)

それぞれ、混合物に含まれる物質の定性・定量に使用される分析機器。水に溶けている物質を測定可能。

2)PLS(Projection to latent structures)回帰分析

予測モデルを構築する多変量解析の手法の一つ。食品分野では品種の判別やおいしさの予測等、幅広く活用されている。

3)ニコチン酸、ニコチン酸アミド

別名「ナイアシン」として知られており、ビタミンB群のひとつ。肌の健康を維持する成分としても着目されている。
コーヒーを焙煎すると様々な化学反応が起こるが、その過程でニコチン酸は増加し、ニコチン酸アミドは減少する。

4)L-乳酸

自然界に広く存在し多くの発酵食品にも含まれている。酸味料として広く使用されている。

5)ビニルカテコールオリゴマー(VCOs)

コーヒーの焙煎が進むにつれ生成される。4-ビニルカテコールという物質が縮合重合してできた分子で、深煎りしたコーヒーの苦味物質として知られる。

6)フェルロイルキナ酸ラクトン(FQLs)

コーヒーに含まれるポリフェノールであるクロロゲン酸類の一つ。中煎り程度のコーヒーの苦味物質として知られる。